本作は一見すると、幾何学的に構成されたクールな印象の風景画。しかし、なんと神話画でもあるのです。一体、どのように神話を表しているのでしょうか。まずは造形的な特徴から見てみましょう。

 本作を描いたのはアクセリ・ガッレン=カッレラ(1865~1931)というフィンランドの画家。ケイテレ湖はフィンランドのほぼ中央にある大きな湖です。同じ構図の作品があと3枚あり、本作がもっとも自然主義的に描写されています。水平線を高い位置にとり、湖面を画面に大きく配置。その湖面を、帯状にジグザグと走る波模様が目をひきます。水平線と平行に、山々と木々が茂る小島が並び、それに対し、影が連続する垂直線で表されており、横線と縦線が基軸になっています。そのため、波の描き出す斜線が余計に際立つのでしょう。

 また、描き込みの度合いにも違いが見られます。まず、画面手前では、細かいタッチを繰り返し、水面が細かく震える様が出ています。影は短い線が縦に重ねられ、画面上部の青空の雲はうねるような有機的な動き。このような多様なテクスチャーの中だからこそ、帯状の波部分のフラットさが浮き上がる効果が出ます。

 このような装飾的なパターンの使い方は、テキスタイルの模様のようだと感じるかも。実際、多才なガッレン=カッレラは絵画だけでなく、グラフィックアート・版画・テキスタイルなど多様な表現に携わっていたので、その経験も生かされている、と指摘されています。

 さて、神話が表されているのは、じつは波。湖面をジグザグに走る波は、フィンランドの湖でよく起こる気象現象で、特定の気温のときに吹く風によってできるもの。ガッレン=カッレラは「ケイテレ湖」で描いた波を、ワイナミョイネンが船を漕いで通った跡、つまり航跡だ、と述べています。

 ワイナミョイネンとは、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」の主要人物であり英雄的な存在。母親のお腹に長くいたことから、生まれたときから老いていて、吟遊詩人、知恵者、魔術師でした。叙事詩の最後には、銅の船を作って旅立っていきます。

2022.09.22(木)
文=秋田麻早子