近年、美食シーンの本流となっている「ローカルガストロノミー」。その流れを牽引するのが、和歌山県「villa aida(ヴィラ アイーダ)」のシェフ、小林寛司さんです。活動は自身のレストランにとどまらず、国内外のシェフや生産者とのコラボイベントにも積極的に参加。夏の終わりに開催された、山形県赤湯温泉「山形座 瀧波」でのスペシャルなイベントを取材しました。

年間300種類の野菜を育て、ゲストを迎えるミシュランシェフ

 土地の気候風土を映し出す「ローカルガストロノミー」の盛り上がりは、コロナ禍や温暖化にともなう自然災害、食糧危機といった世界的な問題と無縁ではありません。いま多くの人が求めているのは、食と農と自然、そして私たち人間のウェルビーイングを促すレストランのあり方。その流れを牽引しているのが、「ヴィラ アイーダ」の小林寛司シェフです。

 「ヴィラ アイーダ」は、和歌山県北の岩出市にある、ミシュラン二つ星のレストラン。小林シェフとマダムの有巳さんは、自家農園で年間300種類に及ぶ野菜を育てながら、1日1組のゲストをもてなしています。料理は「和歌山風味」と題されたコース。その日の朝に採れた野菜に沿って組み立てられます。

「イタリアから帰国して生まれ故郷で店を開き、やりたいこと、やれることはすべてやってきました。高級食材を使った都会的な料理、畑、気軽なランチ、夜のバータイム、宿泊施設……。たくさん失敗しながら現在のスタイルにたどり着いたのが、開業から20年たった2019年。畑とレストランを両立し、新しい料理を考えるための時間も持てるようになりました」(小林シェフ)

地方に出ることでインプットとアウトプットが共鳴する

 野菜の種が芽吹き、育ち、旬を迎えて枯れるまで。その変化をつぶさに観察し味わうことで培われた発想力、複合的な味覚の構築力が小林シェフの武器。その仕事ぶりは、あたかも料理というコードで自然の法則を解読しているようで、国内外のフーディーをときめかせ、名だたるシェフたちを大いに刺激しています。

 小林シェフのインスピレーションの源は、畑。そしてもうひとつ、大切にしているのが、未知の土地や食文化、それに携わる人々との出会いです。月に数回は、有巳さんと2人で全国各地へと出向き、さまざまなフードイベントに参加する日々を送っています。

「スケジュールには、まずイベントの予定を入れ、その合間にレストラン営業を入れていきます。レストランだけに籠もっているのではなく、さまざまな土地と人に触れ、和歌山での経験から得たことを伝えたいし、逆に吸収もして自分の料理を進化させていきたいから」

畑を訪れることで見えてくる料理の風景

 「旅をしない音楽家は不幸だ」という言葉を残したのはモーツァルトですが、料理人にも同じことが言えるのかもしれません。そんな小林シェフが今回出向いたのは、山形県の置賜(おきたま)盆地に位置する、赤湯温泉の「山形座 瀧波」。地元の優れた生産者と独自のネットワークを作り上げている一方、昨年秋から、ミシュラン一つ星を獲得した経歴を持つイタリアンの原田誠シェフを迎え、その卓越した料理が注目されています。

 今回のイベントで使う食材は、すべて現地調達。置賜盆地には、勉強熱心で環境に配慮した農業に積極的な生産者も多く、味わいに優れた野菜をはじめ、果物、米、米沢牛、ワインの産地としても知られています。

 訪れた平農園で目にしたりんごは熟す前の青いもの。「りんごは野菜、というイメージで今回のコースには使う予定です」と、斬新なアイディアを口にした小林シェフ。置賜盆地の素材をどう捉え、和歌山風味ならぬ“山形風味”のコースをどう構築していくのか、期待が膨らみます。

2022.09.18(日)
文=伊藤由起
写真=橋本篤