「これらの映画の魅力は、大物スターが勢揃いすること。だが、そんな中にちょっとしたサプライズが入ると、なお楽しい。ジャクリーンは、美味しい役だ。彼女は怒りに燃えている。なぜならサイモンを愛しすぎているから。それは危険な愛。ポアロも、自分の過去の恋について『私は彼女を愛しすぎていた。彼女に振られたら自分は死ぬとまで思っていた』と言うが、ジャクリーンはまさにそれ。あの役に求められるのは、激しい嫉妬、興奮、絶望といった、剥き出しの感情を恐れなく表現できる女優。それに、知性と憐れみを感じさせられることも大事だ。でなければ観客が共感してくれないからね」

ポアロのトレードマークの「口髭」、その意味は…

 口髭は、ポアロのトレードマーク。だが、それ以上の意味がある。

「あれはポアロにとって仮面なんだ。完璧な口髭を保つことで、人に、『ポアロは頭が切れる。ポアロはこの事件を解決してくれる』と思わせるんだよ。ビジネスマンにとっての名刺のようなものさ。だから、暑いナイル川の上にいても、湿っぽくベタついた状態にしてはだめなんだ。撮影中のお直しも大変だったよ。あれだけの大物スターや数100人のスタッフとクルーをたかだか髭のために待たせるというのは、かなり申し訳なかった」

 

 2020年3月以来、映画界は、コロナで多大なる打撃を受けている。この映画も、本来は2020年10月23日公開の予定だった。ブラナーにとってもそれは焦れったかったが、待ってでも、これはぜひ多くの人にビッグスクリーンで見て欲しいと願っている。

「衣装やセットデザインのディテールがすばらしいんだよ。光沢の具合など、本当に美しい。ロックダウン生活が終わって久々にもう一度見た時、監督である僕ですら、自分が着ているスーツの色の洗練具合に感動したものだ。ピラミッドやナイル川、岸から手を振っている少年たち、水牛といった、エキゾチックな光景も圧巻だ。美味しそうな料理もたくさん出てくる。ずっと家に籠もっていた後だけに、急に広い世界に連れて行ってもらえた気がした。この映画は、あなたを素敵な海外旅行に連れて行ってくれるはず。あそこで泳ぎたいな、あんな物食べたいなという夢を掻き立ててくれることだろう。コロナでまだ遠くに行けない中、この映画は心の中でのトリップをさせてくれるんだよ」

2022.03.08(火)
文=猿渡由紀