《この作品のこのキャラだったら“こうあらねばならない”部分と、“こうありたい”部分の両方から探ります。前者は左脳で考える理詰めの部分。後者はどういった味つけ、肉づけをしたら奇想天外で楽しいかを感じる部分。だから、ニュートラルな自分はこうだと限定しないようなところがずっとありますね》(※1)

 また別のところでは、役にアプローチするため、一人孤独に自分と台本に向き合う仕込みの時間と、インプットした状態で現場で揉まれながら新たに役をつくっていく時間が必要だと明かしていた(※2)。

 

 仕込みの過程では、台本を読み込む必要がある。セリフを覚えるのが早くない内野は、最初にサッと読んで大まかなイメージをつかむと、それからセリフを1行ずつ、これはどうやったら言えるだろうかなどと考えながら、何時間もかけて読み込むという。そのあとも数日寝かせて、また新しい感覚で取り組むという具合に、とにかく時間をかける。

台本の大幅な遅れに怒ってとった行動

 それだけに、井上ひさし作の舞台『箱根強羅ホテル』(2005年)への出演に際し、台本が大幅に遅れたときには、さすがに内心怒ったという。井上は稽古の途中で、俳優たちを焼肉パーティーに招待したが、内野は懐柔されまいと一人だけ欠席したとか。ただ、井上の名誉のために付け加えておくと、完成した脚本は、セリフがシンプルで覚えやすく、イメージも読んだだけでパッと広がるので、ギリギリに渡されても頭に入ったそうである(※3)。

 内野が台本を読み込むのに時間をかけるのは、もともと劇団出身だからでもある。彼が育った文学座は、杉村春子らによって旗揚げされ、樹木希林、松田優作、桃井かおりなど多くの名優を輩出した新劇界の名門である。内野の同期には、こうした諸先輩のようにいずれは映画やドラマに出たくて劇団に入ってきた人もいたが、彼自身はもとから俳優志望だったわけではない。

 早稲田大学に入学当初はジャーナリスト志望で、部活動もディベートをやりたくてESS(英会話クラブ)に入った。しかし、そこでたまたま英語劇にキャスティングされ、しだいに演じることにのめり込んでいく。熱中するあまり、大学4年生のときに単位を落として留年してしまう。そのとき、文学座の演出部にいた先輩から「1年間遊んでいるくらいなら、演技の勉強のため入所試験を受けてみろ」と誘われ、数十倍の倍率を突破して合格し、文学座附属演劇研究所に入る。

2021.09.28(火)
文=近藤正高