監督が「このドラマは絶対に当たる」と確信した理由

 だがドラマの演出をつとめた石井康晴監督は、第1話のある場面の撮影中「このドラマは絶対に当たる」と確信する。それは主人公、牧野つくしを演じる井上真央が、いじめによって床にぶちまけられた母親の弁当を見下ろし、怒りをこめて相手役の少年、松本潤演じる道明寺司をにらみつけるシーンだった。「この子はすごい、視聴者は必ず続きを見たくなるはずだ」と確信したと石井監督は後に語る。その確信の通り、放送に間に合えば視聴率は5%でも構わないと上層部から言われた穴埋め企画『花より男子』は、平均視聴率19.7%という怪物ドラマに化けることになる。

 ドラマも原作も知らない人々にはタイトルだけを見て誤解されがちなことだが、『花より男子』は、内向的で引っ込み思案な女の子が王子様のような男子たちに自分を見つけてもらう物語、ではない。物語の導入で中流家庭の少女牧野つくしは、入学した私立高校を牛耳る名家の少年たちから見下され、徹底的ないじめにあう。ドラマ第一話のラストシーンで牧野つくしは「F4」と呼ばれる富裕層少年グループの1人、道明寺を殴り倒し、宣戦布告を告げる。

 経済格差と性差別が複雑に絡み合うこの物語設定は、1990年代の連載時から多くの少女の心を捉え、すでにアニメ化や映画化もされていた。だが2005年に牧野つくしを演じた井上真央は、その「宣戦布告」を誰よりも鮮烈に演じることができた。

 第2シーズン『花より男子2(リターンズ)』の視聴率21.5%は、第1シーズンの19.7%とともに金曜夜10時のTBSドラマ枠の歴代記録の1位2位を独占し、その記録は今も破られていない。劇場映画版の興行収入は77億円を記録し、2009年に韓国版、2018年に中国版のドラマが作られ、そして来年、2021年にはタイで『F4 Thailand / Boys over flowers』のタイトルで新しくドラマ化されることが発表されている。社会や価値観が大きく変わる中、孤独な女の子が傲慢な男の子たちに向けた怒り、宣戦布告から始まるこのラブストーリーは、国境と時間を超えて今も愛され続けている。

大人になった井上真央の「怒り」

 井上真央の7年ぶりになる主演映画、『大コメ騒動』はラブストーリーではない。井上真央が演じる主人公、松浦いとは2人の子を抱え、出稼ぎの夫の帰りを待つ漁村の母親である。だが、「大正7年、あらゆる権利を男が握っていたころ…」という立川志の輔のナレーションから始まる物語が、女一揆と呼ばれ、日本で最初の女性運動とも呼ばれる米騒動、戦う女性の物語であることは間違いがない。そして昔も今も、井上真央は怒り戦うヒロインを演じることに抜きん出ているのだ。

『大コメ騒動』の監督は自身も富山県出身である本木克英、脚本は自らも映画監督として『花は咲くか』などの作品を撮る兵庫県出身の谷本佳織が担当している。

2021.01.31(日)
文=CDB