ジャズやゴスペルが取りこまれ
より魅力体な舞台に
《ポーギーとベス》
オープニングガラに上演されたのが、新プロダクションの《ポーギーとベス》。
アメリカを代表する作曲家ジョージ・ガーシュウィンが作曲して、1935年に初演された3幕からなるオペラです。
ジャズでおなじみのナンバー、「サマータイム」は、この《ポーギーとベス》からの曲だということはご存じでしょうか。
このオペラは、白人の警官役以外の出演者はすべてブラックというのが特徴で、言葉遣いにも南部の黒人特有のスラングが盛りこまれています。
なにより音楽全体にジャズやゴスペルを取りこんでいるのが大きな魅力です。
古典的なオペラとは違って、ミュージカルへの橋渡しにもなる作品であり、現在では20世紀を代表するオペラとしてその地位を確立しています。
さて舞台の幕が開くと、そこはサウスカロライナ州チャールストンの河岸である、キャットフィッシュ・ロウ。
住人たちが夏の夕方を過ごしています。
赤ん坊を抱えた若妻クララが歌うのが、「サマータイム」です。
そこにならず者のクラウンがその情婦であるベスを引き連れ、麻薬の売人のスポーティン・ライフらと登場。男たちはサイコロ博打を始めます。
足が不自由なポーギーはおだやかな男で、サイコロ博打が得意なのですが、近所の人がベスのことを悪く言っても、彼女のことをかばいます。
ところがサイコロ博打が発端となって、クラウンが他の男とケンカを始め、なんとクラウンは相手を殺害してしまいます。慌てて、その場から逃走するクラウン。一方、ベスは行き場もなく途方にくれますが、そんな彼女を自宅にかくまってくれたのが、ポーギーだったのでした。
ベスを愛するポーギー、そしてやがて誠実なポーギーを愛するようになるベス。ふたりは永遠の愛を誓います。
けれどもひそかに潜伏していたクラウンがキャットフィッシュ・ロウに舞い戻り、ベスを取り戻しに来るのです。
はたしてポーギーは、ならず者に対抗できるのか……!?
古典のオペラに比べて、話のテンポがよく、一幕目から殺人、恋愛と、つぎつぎと展開する物語に引きこまれます。
そして衝撃的などんでん返しに続く圧巻のラストシーン。
ポーギーを演じるのは、大物歌手エリック・オーウェンズ。
深みのあるバスバリトンの歌声が朗々と響き、ポーギーを演じるのは彼しかいないと思わせるほど。
対するベスは、新星スターのエンジェル・ブルー。ヤクザな男の情婦でありながら、誠実な愛に目覚め、けれども同時に揺れる複雑な女心を演じてみせます。
ふたりのケミストリーが完璧で、どっぷりと舞台に引き入れられます。
この《ポーギーとベス》の見所は、まずなんといっても心にしみるメロディと、合唱のすばらしさ。
ジャズやゴスペルの要素が混ざっているため、オペラが初めての人でもミュージカルファンでも聞きやすいのです。
そしてメインキャストではない脇役や端役にも聴かせどころがあるのです。
第2幕第3場では、さまざまな物売りが登場して、「ハチミツ売りの歌」「カニ売りの歌」「イチゴ売りの歌」を一曲ずつ披露するのですが、そのどれもがすばらしい歌で、万雷の拍手がわきあがっていたほど。
衣装もカラフルで、ヴィヴィッドな合唱と共に、リズミカルなアフリカンダンスが披露されて、観る者を飽きさせません。
さらに古典的なオペラとは違って、人物造形がリアルなところも、現代劇を見るように感情移入しやすいのです。
白人警官たちが殺人現場を検証するシーンでも、そこにいた黒人男性を勝手に犯人と決めつけて引っ立てるなど、人種差別が生々しく描かれています。
さらに葬儀も出せないほど貧しい未亡人や、離婚に値段をつけて売ろうとする弁護士など、登場人物たちはいかにもリアルです。
そんな貧しい暮らしのなかで、たとえ苛酷な運命に遭っても、決して愛をあきらめないポーギーの一途な姿は、観る人に勇気を与えてくれるでしょう。
今季のMETでは、この《ポーギーとベス》の他にも、MET初演となる古代エジプト王アクナーテンの生涯を描いた《アクナーテン》や、新演出となる《さまよえるオランダ人》など、目新しい演目も多数あるので、ぜひともチェックを!
Metropolitan Opera House
所在地 30 Lincoln Center Plaza, New York, NY 10023
https://www.metopera.org/
黒部エリ
ライター、作家。東京都出身。大学卒業後、「アッシー」他の流行語を生み出すなど、ライターとして情報誌から広告まで幅広く活動した後、94年よりNY在住。ファッション、ビューティー、アートやレストラン、人物インタビューなどなど、旬な情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』(文藝春秋)などがある。
https://erizo.exblog.jp/
文=黒部エリ