イタリアグルメサイトが選んだ究極のシチリアパン

 シチリア内陸部の小さな小さな村、ボルゴ・サンタ・リータ。人口は、たったの11人。人間より家畜の羊の方がはるかに多い村ですが、ここは、知る人ぞ知るパンの村。

ボルゴ・サンタ・リータ村の教会前広場。朝夕は羊たちの通り道になります。
村のパン工房「フォルノ・サンタ・リータ」。

 2013年、村で唯一のパン工房「フォルノ・サンタ・リータ」のパンが、イタリアのグルメサイト「Cronache di gusto」が選ぶ、“シチリアで最も美味しいパン”を受賞。以来、遠路はるばる車を駆ってまで買いに来る人々が後を絶たず、また一度食べたらやみ付きになる絶品のパンがさらに人を呼び、食にこだわる人々、特にパン好きグルメの間で、ボルゴ・サンタ・リータは聖地のような存在になっているのです。

「シチリアで最も美味しいパン」を作るのは、村人11人のうちの1人、マウリツィオ・スピネッロさん(36歳)。一代で誉れ高い称号を勝ち得たパン作りの裏には、郷土と母への熱い想いがありました。

 ボルゴ・サンタ・リータは、1920年に当時の領主インニャツィオ・ラ・ロミア侯爵が、領主内の農民のために開拓した村。かつては、商店や警察署もあり、多くの村人が家畜と共に暮らす活気ある村でしたが、60年代頃から、都会に仕事を求めて移住する人々が続出するようになりました。

マウリツィオさんと大好きなお母さん、2人の息子たち。彼らは隣村の学校へ通っています。

 基幹産業もなく、農業だけで身を立てるのが難しい寒村。マウリツィオさんの両親は、40頭の牛と共に残留を決めたものの、畜産業だけでは立ち行かず、母親が牛乳とわずかな卵、家で作っていたパンを街道を行く人々に売り、生計を立てていたのだそうです。

 そんななか、学校を卒業したマウリツィオさん。「彼もきっと村を離れるだろう」という周囲の予想を裏切り、村に残ることを決意。「クレイジーだ」とみんなから言われたそうですが、自分のルーツがある村と母のパン。失われていく伝統を守る人生を選んだのです。

シチリアで最も美味しいパン。ずっしり重く歯ごたえもありますが、自然酵母が胃腸に優しく、軽やかな後味。

 銀行を説得し、母にパン作りを習い、父の納屋を工房に改装。そしてパン工房のライセンスを取得して、本格的な事業を開始。「まさに馬車馬のごとく働きました」。近郊のスーパーマーケットへの卸売も始まり、やがて1日に数百キロものパンを生産するまでに成長。有機天然食材を扱う人々との出会いもあり、それは作りたかったパン、かつて食べていたお母さんの味に近づいた瞬間でした。

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文・撮影=岩田デノーラ砂和子