聖ヴィート教会に隠された謎

 チェスキー・クルムロフは代々、ヨーロッパの名門貴族によって支配されてきました。1719年から第2次世界大戦後の1947年まで城を所有したのはシュヴァルツェンベルク家です。最初の城主になったのは、シュヴァルツェンベルク家のアダム・フランツ、彼の妻はロプコヴィッツ家出身のエレノオラ・アマリエ夫人でした。

 このエレノオラ夫人は、現在でも謎のベールに包まれている女性です。数々の小説やポエムなどに彼女の名前は登場しました。その理由は、彼女に吸血鬼伝説があるからです。

 生前からエレノオラ夫人はとても変わった夫人だったと言われています。たとえば当時の貴族社会では、女性は男の跡取りを産む重要な義務があるなかで、彼女はなかなか男の子を授かることができませんでした。そこで彼女は当時生活していたチェスキー・クルムロフ城に狼を集めさせ、その乳を飲んでいたとか。その後、41歳にして、彼女は最初の男の子を産むことになりますが、あまりにも奇怪な彼女の行動は、人々から「悪魔の力を信じている」と気味悪がられ、いつしか「吸血族の娘である」とされてしまったのです。彼女が生活していた空間は、現在でも城内観光ツアーにて見学できます。

 1741年の5月にウィーンで亡くなった彼女の亡骸は、夜通しかけて遠方のチェスキー・クルムロフまで運ばれます。シュヴァルツェンベルク家の人々も彼女の息子も、葬儀に参列することはありませんでした。彼女の遺体の心臓には、吸血鬼にとどめを刺すように杭が打たれ、遺体の上には重たい墓石が置かれ、チェスキー・クルムロフの旧市街にある聖ヴィート教会に埋葬されています。

聖ヴィート教会は旧市街の中心に現在でも位置しています。

 彼女の墓石には以下の文章が彫られています。

「Hier liegt die arme Sünderin Eleonora. Bittet für sie.」

 ここには貧しい罪人エレノオラが横たわる。彼女のために祈る。

 社交界の中でもたいへん美しかったといわれるエレノオラ夫人。彼女は本当に吸血鬼だったのか……。その真相は今なお謎に包まれています。

チェスキー・クルムロフへの行き方
首都プラハより直行バスが運行。列車の場合は、プラハよりチェスケー・ブデヨヴィッツェで乗り換え。

チェスキー・クルムロフ城
所在地 Státní hrad a Zámek Český Krumlov Zámek čp.59,381 01 český Krumlov 
電話番号 +420-380-704-721
URL http://www.zamek-ceskykrumlov.eu/

聖ヴィート教会の情報

所在地 Horní, 381 01 Český Krumlov

クレメントゆみ子(くれめんと・ゆみこ)
2005年からチェコ共和国プラハ在住のコーディネーター・フリーライター・現地ガイド。日本からの各種メディアの取材・撮影コーディネートからWEBへの執筆、現地日本語ガイドまで幅広く活動する。チェコ・プラハの現地情報を発信するブログ:新チェコ生活日記2 http://prahalife2.exblog.jp/
現地で運営するエージェントのウェブサイト http://www.czechtraveland.com/

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文・撮影=クレメントゆみ子