2014年度カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した話題作
今年も5月に開催され、世界から熱い視線を集めた「2014年度カンヌ国際映画祭」。日本じゅうの期待を背負った河瀬直美監督を抑えて最高賞のパルム・ドールを取ったのが、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『ウィンター・スリープ』でした。
ストーリーは、かつて舞台俳優だった男・アイドゥンが、引退後イスタンブールからカッパドキアに移住し、ここでホテルを経営しているところから始まります。冬に入り、すべてが閉ざされるカッパドキア地方。美しい景色ながらも閉鎖された環境で、地元の人とは一歩置いた関係を築く彼ですが、一方で姉や妻といった近い人間関係のなかでも自分をどこか別格に置きつつ、一種の優越的な態度を漂わせてしまいます。豊かさと貧しさ、教養と宗教性、都会と田舎、男と女、老いと若さ……。こうした二元性において、アイドゥン本人の人生に対する取り残されたような鬱屈した思いが、周囲との人間関係の均衡を次第に崩していくことになります。
この映画の最大の見どころは、こうしたプロセスを淡々と、しかし濃密なディアローグでもって浮かびあがらせているところ。3時間16分という長編大作ながらも、途中からは思わず自分も、この濃密な人間関係のなかに身を置いているかのような緊迫感を感じずにはいられません。人間は誰も完ぺきではない。それぞれの登場人物が持つ、その異なった不完全性が、カッパドキアの閉ざされた冬のなか、さまざまな形で噴出していくのです。
こうした鬱屈した感情がにじみ出る様については、脇を固める役者たちそれぞれの個性的な演技力も大きく作用しています。ムショ帰りのイスマイル役を演じるネジャット・イシュレルの存在感と深く悲しげな表情は鳥肌モノですし、地元教師レヴェント役・サルバジャックの怪演ぶりも然り。貧乏ゆえにいつも周囲に頭を下げるばかりのハムディや、忠実な助手・ヒダイェットを演じる役者たちの地味ながら卓越した演技は、それが映画であることを忘れさせるほど。また、トルコ映画の定番「子役がうまい」はここでも健在で、イスマイルの息子、イリヤスを演じるエミルハンの抑え気味ながらも内に秘めた怒りの表現など、子供とは思えない巧みさ。こうした個性的な俳優の存在が、この映画を印象的なものにしています。
文=安尾亜紀