週末に、心が洗われる別世界へ出かけてみるのはいかが。少し車を走らせれば、そこにはおもてなしの心に満ちた極上の宿が待っている。
旅行作家の野添ちかこさんが、1泊2日の週末ラグジュアリー旅を体験。今回訪れたのは、熊本県・天草の山の上に佇む「石山離宮 五足のくつ」。
九州本土から「天草五橋」といわれる5つの橋を渡れば、天草へは陸続きでアクセス可能。熊本市内から約2時間30分で行くことができる、非日常のリゾートだ。
天草の歴史と文化を融合した宿で、お籠りタイムを過ごす
120もの島々からなる天草諸島の中で、最も大きな島が天草下島。
陶磁器の原料となる陶石の産地であり、国内の陶石生産量の約8割を占めている。日本が誇る「有田焼」や「瀬戸焼」といった磁器の原料にも、ここ天草下島で採れる天草陶石が使用されている。
五足のくつが建つ山も天草陶石層の地質でできていて、地元の人は天草陶石が採れる山のことを「石山」ということから、宿名も「石山離宮」と名づけられた。
雲仙天草国立公園内の約1万坪以上もの敷地には、五足のくつの離れが15棟点在。自然豊かな森の中にありながら海の景色を望むことができ、ことに晴天時の夕方に見られる、茜色に染まる東シナ海の美しさは格別だ。
この宿が誕生したのは今から20年前。オープン当初は、Villa AとBの10棟だったが、その3年後の2005年にVilla Cの5棟が増設された。
Villa Aは 「天草の漁師町」をイメージした素朴な雰囲気があり、Villa Bは「天草の未来」をテーマに、バルコニーから美しい青海を望むことができる。
そして、さらに高台に建つVilla Cはキリスト教が伝来した頃の「中世の天草」をテーマにしており、Villa A/Bとはまた異なる趣だ。
Villa A/Bの宿泊者は、石の入り口をくぐり、橋を渡った先にあるヴィッラコレジオでチェックイン。ここはレセプションとしてだけではなく、ライブラリーも備わり、飾り窓やステンドグラス、きらめくシャンデリアがエキゾチックなムードを醸し出す。
建物の入り口に飾られているのは「注連縄(しめなわ)」。正月の飾りなのではなく、一年を通じてずっと飾られているのだそう。
かつて、江戸幕府の禁教令のもとキリスト教徒への弾圧が行われた天草では、住民は自分たちがキリシタンだと疑われないよう、軒下に神道の注連縄を掲げた。
その名残で、注連縄を一年中飾るのが天草の風習となっている。
Villa A/Bの宿泊者が使う食事処「淡味 邪宗門」は、この地を訪れた北原白秋の第一詩集の名前からとっていて、建物にもキリスト教のイメージが取り入れられている。
教会の礼拝堂を思わせる廊下の先にはマリア像が鎮座。グレゴリオ聖歌が響き、神聖な雰囲気だ。
キングサイズのベッドとかけ流しの露天風呂で贅沢の極みを
今回宿泊したのは、五足のくつ最上級の客室・Villa Cだ。山の上までは車で移動し、別棟の「天正」でチェックイン。客室はさらに石段を上った高台にある。
案内されたC-1の客室は、ベッドにもなる大きな白いソファとガラスのテーブル、赤いソファが置かれた広々とした客室。
キングサイズのベッドが2つ並び、トイレも洗面シンクもそれぞれ2つ。日本のリゾートとは思えないほどゆったりとしたサイズ感だ。
家具類はすべて五足のくつのオリジナルで、オーナーが上海で作った特注品。
ベッドのヘッドボードとソファ、ベッドライナー、クッションなどは、情熱的な赤色が印象的だ。
洗面シンクは天草陶石の磁器でできていて、「丸尾焼」という天草の窯元で作ったもの。天草の青い海と森、太陽と月を思わせる、遊びゴコロがくすぐられるデザインで、南国リゾートらしい華やかさ。
天草には磁器の窯元がいくつも点在しているから、帰りに立ち寄ってみるのもおすすめだ。
この宿には大浴場がない代わりに、各部屋に大きな露天風呂が設けられている。
泊まったC-1の客室には2つの浴槽があり、1つは石で造られた露天風呂、もう1つは白いバスタブの内風呂。森に抱かれるかのように造られた風呂からは、青い海を眺めることができる。
温泉は下田温泉から引く無色透明のナトリウム-炭酸水素塩泉で、少しつるっとするような感触が。天草陶石層の地層をくぐり抜け、地上へ湧き出た恵みの湯だ。
文・撮影=野添ちかこ