楽友協会に刻まれたブラームスの功績

 ブラームスが住んでいたのは、ヴィーデン区カールスガッセ4番地。街中を引っ越していたベートーヴェンと違い、楽友協会ホールから徒歩数分の家にずっと住み続けている。

 38歳で楽友協会管弦楽団の音楽監督となり、オーケストラと合唱団を指揮し、42歳でウィーン楽友協会の名誉会員となったブラームス。

 ブラームスの曲の特徴は、伝統的で重厚感があり、揺るがない石の建築のような基礎の上に、エレガントな装飾が乗っているところ。作曲には時間をかけ、最初の交響曲を発表したのは40代に入ってからだった。

 忍耐強く五線譜に向かい、緻密な音符を書き連ねたが、そのすべてはメロディアスで、一度聴いたら愛さずにはいられない。

 楽友協会は彼の60歳の誕生日に「ヨハネス・ブラームス・メダル」を鋳造。そしてブラームスの死後、1937年には、楽友協会125周年を記念してホールのひとつを「ブラームス・ザール」と命名し彼の功績を称えた。

 「ブラームス・ザール」は座席数600で、長方形のシューボックス(靴箱)型と呼ばれる構造。まさにこのホールでブラームスは自作の曲を演奏していたのだ。

伝統が息づく街に溢れるシックな幸福感

 ブラームスの息遣いを感じながらウィーンの街を歩くと、そこかしこに音楽家の足跡が感じられる。

 楽友協会の隣に立つホテル・インぺリアルは国賓が宿泊する豪華ホテルで、ホテル内のカフェ・インペリアルは生前のブラームスもよく通っていた。名物スイーツのインペリアルトルテはこのホテルのオリジナルである。

 ちなみに「ザッハートルテ」も有名だが、こちらはウィーン国立歌劇場の隣の一流ホテル「ホテル・ザッハー」の名物。スイーツの食べ比べをしてみるのも面白い。

ウィーンで音楽会を楽しむヒント

 旅のプランを立てるなら、楽友協会ホールで行われるコンサートをメインにしてみるのはどうだろう。超人気のウィーン・フィルのチケットは入手困難なことも多いので事前予約が必要だが、ケルントナー・リングのウィーン・フィルの事務所では運よく入手できることも。

 ドレスコードはカジュアルすぎる服装以外ならOK。ランクの高い席の聴衆ほど、フォーマルな服装をしていることが多いので、さりげなく人々の装いをチェックしてみるのも楽しい。自分自身も思い切り正装して、非日常の経験をしてみてはいかがだろう。

 ウィーン・フィルの母体であるウィーン国立歌劇場管弦楽団がオーケストラ・ピットに入る、ウィーン国立歌劇場でオペラを楽しむのもおすすめ。日本語字幕が選択できるタブレットが各席に設置されているというサービスも嬉しい。

 ウィーン国立歌劇場は、かつて小澤征爾さんが音楽監督を務めたこともある劇場で、年間多くのオペラやバレエが上演されている。同じ演目が連日上演されるのではなく、毎日異なる演目になるように組まれているので、旅行者も滞在中に複数の演目を鑑賞することができる。公演前にホテル・ザッハーのカフェでザッハートルテをいただくのはもちろん最高だ。

インスピレーションの歴史を感じる旅へ

 ウィーンは大人の街。街全体を包み込む歴史の香りと、ゆったりと流れる時間が、旅する人々を魅了する。

 この空気がブラームスに数多の名曲を書かせ、演奏家たちにインスピレーションを与えた。コンサートと街巡りと、リラックスした優雅な時間をウィーンで楽しめば、帰国してからも上質な日常を送ることが出来そうだ。

 情報やトレンドに振り回されず、歴史と触れ合うことの素晴らしさを教えてくれる魅力的な都市がウィーンなのだ。

文=小田島久恵