準備からクランクアップまで1年半ほどかかる作品も

 準備にも時間をかける。たとえば大学組織が抱える問題を描いた「ここぼく」の場合は「大学の広報、大学のおかれている状況を俯瞰するためにまず本を読む。ポスドクの状況、文部行政のことなど文献でも調べるし、詳しい人を紹介してもらって、何カ月もかけて取材します」(勝田さん)と。綿密な取材をしたからこそ現実を“予言”するような展開になった。

「正直、渡辺あやさんと“いつかこういうことが起こってもおかしくないよね”と思って作ってはいましたが、ここまで現実とマッチして世相をもろに反映することになるとは思わなかった」(勝田さん)

 政権批判ともとれるドラマだが「観る人が色々な見方をできるように作っていますが、特にあやさんと心掛けたのは『エンタメということは忘れないようにしよう』ということでした」と勝田さんは言う。「『ここぼく』って、日本の色々な組織で起きていることを一つの舞台にぎゅっと凝縮した普遍的な話だと思うんです。誰が観ても身につまされるリアリティがあるんじゃないかと。実際、視聴率はそれほどよくありませんでしたが、刺さる部分があったのか多方面から反響がものすごかった」

 二人とも「NHKドラマが攻めている」と評されるのには懐疑的だ。ただ「視聴率が全てではなく、興味をもってもらうにはどうしたらいいか、今までのテレビドラマの枠に囚われず作っている」(土屋さん)「受信料で支えられているので商業性よりも“この作品を世に出す意義”を考えざるをえないし、そのぶん挑戦もできる」(勝田さん)。だから攻めているように映るのだろうと分析する。

 NHKならではの制約やコンプライアンスも厳しく順守しなければならない。けれど二人が口を揃えるのが「そこを守れば、自由度は高い」ということ。そのNHK的自由さが作り手も視聴者も“自分のドラマ”だと感じる革新的なドラマを生んでいるのだ。「前向きになれる作品はもちろん、『愛の不時着』みたいなドラマも作りたいですね(笑)」(土屋さん)

「今ここにある危機とぼくの好感度について」
渡辺あや脚本の痛烈で痛快な社会風刺ドラマ

主人公は「何か言ってるけど(意味があることは)何も言ってない」帝都大学の広報マン・神崎(松坂桃李)。着任早々、スター教授による論文の改ざん問題などに巻き込まれていく。対峙する小劇場の名優らが演じる“オジサン”たち。そこで露わになるのは権力組織のもつ隠匿体質や忖度、詭弁、保身の嵐。どこかで見た光景そのものだ。ひたすら笑えるけど日本の社会を思うと泣きたくなる痛烈なブラックコメディ。
NHKオンデマンドで配信中 https://www.nhk-ondemand.jp/#/0/

●お話を聞いたのは……
勝田夏子さん(NHKエンタープライズ シニア・プロデューサー)

1992年入局。「男たちの旅路」や向田邦子作品を観て育ち、海外ドラマ「女刑事キャグニー&レイシー」で地に足のついた大人の女性の描き方に感動。社会派作品を作りたいと入局し数々のドラマを演出、2014年、「軍師官兵衛」からプロデューサーに。

土屋勝裕さん(編成局編成センター 総合テレビ 副部長)

1994年入局。佐々木昭一郎など海外でも注目されるディレクターに憧れてNHKに。幼少期好きだったドラマは「必殺仕事人」。プロデューサー初作品は「龍馬伝」で、以来ドラマ制作に携わり、2020年に制作統括として朝ドラ「エール」を手がけた後、編成局に。

2021.09.09(木)
Text=TV No Sukima

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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