新演出された《ポギーとベス》で今シーズンの幕を開けたメトロポリタン・オペラ(通称MET=メト)。オープニングガラで上演された《ポギーとベス》は、あの「ニューヨークタイムズ」も「卓越した舞台」と大絶賛の劇評を載せました。

 その舞台が、嬉しいことにニューヨークに行かなくても日本で観ることができるのです。

 それがMETライブビューイング(Live in HD)。舞台の迫力をそのままに、ハイクオリティな映像で上演作品が配信されます。

 オペラ上演を世界中の映画館にデジタル配信するという試みは、メトロポリタン歌劇場総裁のピーター・ゲルブ氏の発案により、オペラ聴衆の拡大を目的に2006年に始められました。

 5.1chサラウンドの音響と、10台以上のカメラを駆使したダイナミックなライブ撮影で、オペラの魅力を余すことなく伝えます。

「2006年にMETに就任し、現代のテクノロジーを持ち込んでシネマ上映ができないかと考えました。それまでにMETの舞台のテレビ放映を手がけてきたので、ライブビューイングを作ること自体は簡単でしたが、もっとも難しかったのは歌手を説得することでした。アーティストにとっては劇場の観客だけではない、大勢の人たちに見られるというストレスがあり、それを彼らのためになることだからと説得する必要があり、さらにMETで働く組合員たちにも納得してもらわなくてはならなかったのです」

 MET総裁であるピーター・ゲルブ氏は、当時の状況を語ってくれました。

「実際にライブ放映が始まると、オペラ歌手たちにとっては自分たちの歌を世界に知らしめる良い機会になったのです。今ではオペラの新しいレコードを作ることが少なくなってきているので、オペラ歌手にとってライブビューイングは世界に届けられる良い機会になりました。そのおかげでMETに出演したがる歌手も増えたのです。

 さらに若い層がMETのオペラに触れるようになり、オペラハウスを訪れる人にも変化が現れました」

 当初は数カ国での上映でしたが、年を追うごとに上映劇場は増え、2019-2020シーズンにおいては、世界の70ヵ国、2,200館以上の映画館で上映されています。

 日本では、2019-2020年シーズンに上演される最新演目が、日本の映画館で日本語の字幕つきで上映されます。

 METライブビューイングの良さは、まず歌手がよく見えること。

 劇場で歌手の表情を見ようとしたら、オーケストラのよほど前に座らないかぎり不可能ですが、ライブビューイングでは迫真の演技がクリアに鑑賞できるのです。

 それもたんなる舞台中継に留まらず、映画のようにカット割がよくできているので、歌手の表情、まわりの演技、舞台全体にズームアウトと、舞台で起こっていることが手に取るように伝わってきます。

 そしてもうひとつの利点は、字幕がつくこと。日本語訳がついているので、歌詞がわかり、ストーリーを追いやすいのです。

 さらに幕間に行われる歌手やスタッフへの舞台裏でのライブ・インタビューや、大規模なステージ転換は、生のオペラ公演でも見られないものです。

 歌唱力を堪能したいコアなオペラファンにとっても、オペラ初心者にとっても楽しめるのが、ライブビューイングの魅力です。

「2019-20年シーズンは10作品を、今季上演される25演目の中から選び抜きました。新しい作品、クラシックな作品、ポピュラーな作品といったものをバランスよく選んでいます。ぜひ全部ご覧いただきたい作品ばかりです。

 たとえば《アクナーテン》や《ヴォツェック》、《アグリッピーナ》といった作品は、東京の観客のみなさんは舞台ではまず観る機会はないでしょう。

 METの強みは、世界のオペラ界を牽引する質と深みのすばらしさです。観客を大事にすることを常に考え、新しい作品とクラシックでポピュラーな作品を混ぜて上演し、偉大な才能ある歌手たちが登場します」

 ライブビューイングで上演されるのは以下の作品。

◆マスネ《マノン》

2019年11月29日(金)~12月5日(木)

 究極の小悪魔マノンがもたらす悲劇を、めくるめく音楽で紡いだフランス・オペラの傑作! 華やかな舞台に、リセット・オロペーサ、マイケル・ファビアーノ、アルトゥール・ルチンスキーらの美声が舞い降ります。

(c)Marty Sohl /Metropolitan Opera

◆プッチーニ《蝶々夫人》

2020年2月7日(金)~2月13日(木)

 名アリア「ある晴れた日に」で有名な、プッチーニの名作。長崎を舞台に、一途な蝶々さんの悲恋が名曲によってつむがれます。

 日本の美を障子や文楽人形で表現してみせたアーティスティックで華麗なプロダクションも見逃せません。

(c)Ken Howard/Metropolitan Opera

◆フィリップ・グラス《アクナーテン》

MET初演/新演出 2020年2月21日(金)~2月27日(木)

 古代エジプトの王アクナーテンの激動の生涯を描き、現代音楽界の巨匠フィリップ・グラスが作曲した現代オペラ。

 斬新な演出とモダンな舞台美術で彩られたMETで、アンソニー・ロス・コスタンゾが伝説のエジプト王を熱演します。

(c)Richard Hubert Smith/English National Opera

◆ベルク《ヴォツェック》

新演出 2020年2月28日(金)~3月5日(木)

 内縁の妻に裏切られ、上官に虐げられる兵士の悲哀を描き、オペラ史を変えたベルクの傑作。

 ペーター・マッテイ、エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーら粒選りのキャストで、衝撃のオペラ体験を。

(c)Ruth Walz/Salzburg Festival

◆ガーシュウィン《ポーギーとベス》

新演出 2020年4月3日(金)~4月9日(木)

 アメリカ南部の港町、足の不自由な男ポーギーが一途な恋に落ちる――。つましくも陽気に生きる黒人たちの愛と哀しみがジャズの調べとともに描かれている。

(c)Ken Howard/Metropolitan Opera

◆ヘンデル《アグリッピーナ》

MET初演/新演出 2020年4月10日(金)~4月16日(木)

 皇妃アグリッピーナがローマ皇帝クラウディオを没落させ、息子ネロを皇帝に即位させるという野望と裏切りの物語。華麗なヘンデルの傑作を、ベルカントの女王ジョイス・ディドナートが超絶技巧で歌い上げます。

(c)Paola Kudacki/Metropolitan Opera

◆ワーグナー《さまよえるオランダ人》

2020年5月8日(金)~5月14日(木)

 神を呪った罰を受け、幽霊船の船長として永遠にさすらうオランダ人。船長に恋して、彼を救うために命を賭ける娘ゼンタ。

 ワーグナーの出世作を、鬼才フランソワ・ジラールが斬新に演出します。ブリン・ターフェル、アニヤ・カンペに加え、日本人として初めてライブビューイングに登場する藤村実穂子もお見逃しなく。

(c)Paola Kudacki/Metropolitan Opera

◆プッチーニ《トスカ》

2020年5月22日(金)~5月28日(木) 東劇のみ2020年6月4日(木)まで上映

 人気の歌姫トスカと、革命家の画家との恋。トスカを狙う悪辣な警視総監の恐るべき企みとは……。ドラマティックな音楽で描くプッチーニの大人気オペラ、名アリア「歌に生き、恋に生き」「星は光りぬ」に陶酔すること間違いなし。

 現代最高の歌姫アンナ・ネトレプコを、大スクリーンで堪能して下さい。

(c)Ken Howard/Metropolitan Opera

◆ドニゼッティ《マリア・ストゥアルダ》

2020年6月5日(金)~6月11日(木)

 実在のスコットランド女王メアリー・スチュアートをモデルにしたマリア・ストゥアルダ。そしてイングランド女王エリザベス1世をモデルにしたエリザベッタ。

 ひとりの男性をめぐって、ふたりの女王の愛と憎悪と闘いを描いたドニゼッティの名作です。

 実力派で世界的スター、ドイツのソプラノ歌手、ディアナ・ダムラウが悲劇の女王を演じます。

(c)Ken Howard/Metropolitan Opera

 世界のトップ歌手たちの美声と、豪華絢爛なセット、オーケストラによる厚みある演奏。総合芸術であるMETのオペラを、日本にいながらにして楽しめるのがMETライブビューイングです。

 ぜひ世界のMETを直に体験してみて下さい。

黒部エリ

ライター、作家。東京都出身。大学卒業後、「アッシー」他の流行語を生み出すなど、ライターとして情報誌から広告まで幅広く活動した後、1994年よりNY在住。ファッション、ビューティー、アートやレストラン、人物インタビューなどなど、旬な情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生でリアルなニューヨーク通信』(文藝春秋)などがある。
https://erizo.exblog.jp/

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文=黒部エリ