由緒ある茶室において
コミュニケーションの作法を体感

亭主役と客役が同時に奈良先生から指導を受ける。

 かつての大手門にほど近い、閑静な住宅街にたたずむ屋敷の主は、茶道裏千家今日庵業躰の奈良宗久さん。奈良さんは大樋焼十代当主、大樋長左衛門の次男に生まれ、陶芸にも関わりつつ、家職と縁の深い茶の道に入った。現在は裏千家の指導者として京都、金沢、東京、さらに地方や海外の支部をめぐりながら、指導、自身の研鑽に努めている。

この日点前を披露してくれたのは、9年稽古に通う女性。

「私自身が京都の宗家に内弟子として入った後、1996年の仙叟居士300年遠忌の時にわかったのですが、実はこの場所はかつて、仙叟居士が前田家5代の綱紀公から拝領し、屋敷を建てて住まいとした土地だったのです。大手門からもほど近く、何かあると綱紀公は仙叟居士をお召しになって、利休以来のわび茶の系譜をお尋ねになったようで、問答の記録も残っています。そうした縁ある場所で裏千家のお茶を伝えていけるのは私にとっても喜びですし、また使命だとも考えています」

 と奈良先生。小間の茶室は裏千家十五代家元の鵬雲斎大宗匠から「好古庵(こうこあん)」の名を、広間は、前田家現当主・前田利祐さんから「松雲関」の名をもらった稽古場には、近隣ばかりでなく、新潟や岡山などからも大勢のお弟子さんがやってくる。

点前の後は道具拝見。裏千家14代家元淡々斎手作りの茶杓。

「歴史や文化、工芸技術の蓄積にひときわ優れた金沢という街は、そうしたものに触れてみたいという方にとって、うってつけの場所だと思います。もちろん難しいことばかり考えるのではなく、頭を空白にして、自分のために点てられたお茶をゆったり味わうのも大事なこと。『稽古照今』という言葉がありますが、お茶を一口ずつ飲むことで、日頃おざなりにしている自分自身の『いま』という瞬間を見つめ直すことにもなる。そして点前を学び、客作法を知ることで、主客双方の思いを理解し、真の意味での『もてなし』ができるようになるのだと思うのです」

 金沢の茶の湯の原点となった場所で、自分自身の今と向き合い、型どおりでは終わらない、主客の深いコミュニケーションの作法を体感する。茶碗の右左ばかり気にするのとは違う、茶の湯の本質に触れたい、学びたい人にとって、これ以上の環境はないだろう。

左:やや改まった白木の棚を使い、春らしい目張柳の棗を取り合わせた。

「花より団子派」にも
茶の湯を楽しめる場所が

 「茶の湯」という切り口で金沢を旅しようと思うなら、他にも足を向けるべき場所はいくつもある。花より団子派にお勧めしたいのは、茶事の出張懐石も手がける日本料理店「銭屋」だ。カウンター割烹として創業したのは1970年というから、何かと老舗のひしめく金沢では、まだ「気鋭」といってもいいかもしれない。現在厨房を預かるのは、京都吉兆で修業した二代目の髙木慎一朗さん。メニューブックは置いたことがなく、季節の食材、その日のゲストに合わせた一期一会の料理を旨としている。一方、大樋美術館では、初代以来、十代の長男で十一代となる奈良さんの兄・年雄さんの作品までにわたる茶陶を紹介。また江戸時代末期に藩医の屋敷だった建物で、ギャラリーとして使っていた新館の改装を終え、ミュージアムクラスの茶碗で薄茶一服をいただける立礼席も設えられた。美術館の後は気の張らないカフェで、という向きには、ひがし茶屋街の一角で営業する「茶房一笑」なら、大樋美術館からも徒歩圏内だ。金沢土産の定番のひとつ、加賀棒茶で有名な丸八製茶場が経営する店で、1階はカフェ、2階はギャラリーとなっており、カフェでは大正4年創業の高砂屋が作る季節の上生菓子や白玉ぜんざいなどの甘味、そして美味しい煎茶や番茶(加賀棒茶)を提供している。

 「茶の湯」ひとつにテーマを絞ってみても、こうして指を折っていけば挙げるべき場所は引きも切らないのが、金沢という街の魅力だろう。その先はどうかあなた自身で確かめに、訪れてほしい。


今回のお稽古場は……
裏千家教場 好古庵

 金沢での稽古日は毎月3日程度。9時~20時くらいまでの間、入れ替わり立ち替わりお弟子さんたちが訪れ、初心者は袱紗さばきなどの割稽古を、少し慣れて来ると客/亭主を交代で務めながら奈良先生の指導を受ける。男性も3割ほど在籍。「関心のある方は一度、見学に来てみてください」と奈良先生。

裏千家教場 好古庵
所在地 石川県金沢市大手町9-5
電話番号 076-261-3602

奈良宗久 (ならそうきゅう)
茶道裏千家 今日庵業躰
1969年、石川県生まれ。十代大樋長左衛門の次男として生まれ、陶芸作品を通して勅使河原宏氏と出合う。勅使河原氏との交流を機に茶の湯に関心を深め、95年に裏千家今日庵に入門。宗家直下の伝承者として全国で指導に務める。

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文=橋本麻里
写真=久家靖秀