旅に欠かせない相棒は母からのプレゼント

――旅に欠かせない相棒はありますか?

 リモワのスーツケースは6個持っています(笑)。初めて買ったのは、2013年くらいですね。アメリカに渡る時に、軽くて大きくて、たくさん物が入るスーツケースを親が調べてくれたんです。いろんなタイプを持っていますが、最近はこの赤い小さなスーツケースを手に入れました。

 ひと目惚れして、誕生日に母に買ってもらったんです。飛行機内に持ち込むことができるし、ドレスと楽譜と靴という最低限の必需品を全部入れることができる。国内のコンサートには、この赤いスーツケースを持って行きますね。

 海外に行く時も、大きいスーツケースと一緒に持って行って、必要なものを入れ替えてコンサート会場に向かいます。

――コロナ禍になって旅することが難しくなりましたが、音楽業界も影響を受けているのではないでしょうか?

 音楽業界は打撃を受けていますが、クラシックは声も出さないし、楽器を弾くだけなので、まだ良いほうなんです。でもコンクールでは、PCR検査が毎回大変でした。

 陽性になってしまったら失格なので、せっかく練習して目指してここまで来たのに、目前で出場できなくなってしまうのは辛い。オリンピック選手も陽性で棄権した人がいたけれど、他人事だとは思えなかったですね。

「自分の一番の味方は自分。あとは、その瞬間を楽しもうというだけ」

――ショパンコンクールでは幼馴染みの反田恭平さんとともに入賞されましたね。

 反田くんはひとつ年上なんですが、家が徒歩10分くらいで、同じ音楽教室に通っていました。本当に、近所のお兄ちゃんみたいな存在で、よくドラマで出てくるような幼馴染み(笑)。コンクール中は毎日のように一緒にいましたが、ずっとショパンのことや音楽のことを考えているから、ふたりでいる時は音楽の話は全然しませんでした。頭をリフレッシュするためにも、全然関係ないことを話していたいんですよね。

――コンクール前は緊張すると思うのですが、どのように緊張を乗り切っていますか?

 最終的には、自分を信じてあげることくらいしかできないんですよ。あとは、その瞬間を楽しもうというだけ。どうせ緊張して乗り越えなきゃいけない舞台だし、終わらないとご飯を食べられないんだから、だったらこの瞬間を楽しみたいって思っています。自分の一番の味方は自分、自分くらいは自分を信じてあげないといけない。そう思って舞台に出ています。

――最も緊張が高まるのは、どのタイミングですか?

 一番緊張が高まるのは、舞台に上がる前の舞台裏ですね。でも緊張することって、良いことなんですよ。緊張していないと、上手く弾くことができない。良い緊張で舞台に上がると、その緊張感が良い音楽を引き出してくれるんです。

――舞台に上がる時のジンクスや儀式みたいなものはありますか?

 リハーサルで疲れているから、チョコレートを食べたり、時間があったら昼寝をしたりします。舞台に上がる前の儀式は、必ず背中を叩いてもらうことですね。舞台裏にマネージャーがいる時はマネージャーに叩いてもらうんですが、誰もいない時はそのあたりにいる人を捕まえて「背中を叩いてください」ってお願いします(笑)。それで舞台に出ていくんです。

――強い精神力を持っている小林さんですが、支えになっている言葉はありますか?

 先生によく「音楽家なんだから、楽しみなさい」と言われます。「音楽は常にあなたと一緒にいるから、作曲家の音楽をただ表現すればいい」とも。

 コンクールだと緊張して、ちゃんと弾かないといけない、失敗しちゃダメだとか、いろんなことを考えてしまうんですが、一番大事なのは楽しむこと。お客さんは、私が間違うことを見に来ているわけではなく、私の音楽を楽しみにして来てくれているわけだから、私が楽しめば、必然的にお客さんも楽しんでくれると思うんです。

――演奏をしている時は、楽しいという感覚はありますか? 

 曲によって暗いものもありますが、表現することができている楽しさは感じています。ホールも、お客さんも、ピアノも、自分の感情も毎回違うけれど、すべてが一致しないと楽しんで弾くことができないんです。だから、舞台で心から楽しんで弾くことはなかなか難しくて……。でも、それこそが瞬間芸術の醍醐味だと思っています。今しか味わえない瞬間を楽しむことですね。

――大きなコンクールが終わった後や目標を達成した時などの、自分へのご褒美は?

 ショパンコンクールの時は、2カ月くらいずっと集中していたので、終わったら買い物をしようって決めていました。実は、ずっと買おうと決めていた時計があって。頑張った記念に、今買ったら後々思い出すかなと思ったんですが、結局まだ買えていなくって……。大きな買い物でなくてもいいけれど、心がときめくものをひとつ手に入れたくなりますね。

――今、一番行きたい場所はどこですか? 

 アメリカにも家があるんですが、コロナ禍で約1年半戻れていないので、落ち着いたら一度帰りたいなって思っています。

 カーティス音楽院にはいろんな国の人がいて、気を遣わなくていい環境が楽だったんです。韓国人、中国人、アメリカ人の友人がいて、学校で23時頃まで練習した後、バーで一杯飲んで帰るのがルーティンでした。

 どのコンクールに出たらいいか、どこに住むのがいいか、レコーディングをするからどんな曲を入れるかとか、音楽についての話もよくしました。お互いの演奏については、あまり話さないですね。たまにアドバイスし合うこともあるけれど、それぞれ音楽性が違うし、そこまでいくと自分の音楽を突き詰めるしかないものなので。

――音楽性とは、年齢とともに変わるものなのでしょうか?

 住む環境によって、演奏は変わりますね。その土地というより、空気というか……。音楽性も、年齢とともに変わっていきます。人生経験を積んでいくと、挫折することもあるし、生きているといろんなことが起こる。それは幼い時には持っていない感情だったから、持っていないからこそ天真爛漫に弾くことができていたのかもしれません。

 だから今はもう子どもみたいに弾くことはできないけれど、人生で味わったいろんな感情を積み重ねていけばいくほど、音楽に幅が出てくると思っています。まだ結婚も出産もしていませんが、これからのライフステージの変化によっても音楽性が変わっていくのではないかと思いますね。

――年を重ねていくことが楽しみですね。これから考えていることはありますか?

 コロナ禍になって、配信とかも始まり、新たな試みが増えたなと思っています。でも音楽って生で聴くのが一番いいものだから、できたら生で聴いてほしいという気持ちが一番強いです。私はあまり器用ではなく、たくさんのことを同時にできないタイプ。だから音楽だけは妥協せずに追求していきたいと思っています。

小林愛実

1995年、山口県宇部市生まれ。3歳でピアノをスタート。幼少期より多くのメディアから注目を集め、2010年にCDデビュー。11年に桐朋学園大学付属高校音楽科に入学、13年よりアメリカ・フィラデルフィアのカーティス音楽院に留学。15年にショパン国際ピアノコンクールに初出場し、ファイナリストとなり、21年、同コンクールで4位入賞を果たす。

最新CD発売中

「ショパン/前奏曲集 他」
定価 3,300円
ワーナークラシックス

リモワ クライアントサービス

電話番号 072-994-5522
https://www.rimowa.com/

ジャケット59,400円、チュールドレス52,800円/ともにチカ キサダ(エドストロームオフィス 03-6427-5901)  シューズ90,000円/ルメール(スクワット/ルメール 03-6384-0237)  リング62,480円/シャルロット シェネ(エドストロームオフィス 03-6427-5901)  イヤーカフ/スタイリスト私物

2021.12.10(金)
文=鈴木桃子
写真=角田航
スタイリング=渡邊薫
ヘア&メイクアップ=kika