個人的に「エアポートホテル」ほど旅情をそそられる言葉はありません。

 そもそも旅自体が非日常なのに、そのうえ「空港に泊まる」というもうひとつの非日常が重なるワクワク感は、場合によっては、旅そのものよりも後々印象に残ったりします。

 一方で、空港へのアクセスが最優先のエアポートホテルは、部屋の設備だったり、サービスは二の次となりがちで、どことなく侘しい雰囲気が漂っているところも少なくありません。

 そんなエアポートホテルの概念を覆す「超ハイクラスホテル」が、2020年2月、新千歳空港にオープンしたのをご存じでしょうか?

 そのホテルの名は「ポルトムインターナショナル北海道」。手掛けるのは、北海道遠軽町にある森の中の温泉リゾート「マウレ山荘」などの経営で知られる碧雲堂ホテル&リゾートです。

 早速、同ホテルの宿泊支配人、弓削泰浩さんとCS推進室次長の杉坂知子さんの案内で、“謎のハイクラスホテル”に潜入してみました。

 「ポルトムインターナショナル北海道」は、昨年拡張工事を終えたばかりの新千歳空港国際線ターミナルに直結しています。

 「旅に出逢いと彩りを」というコンセプトのもと、このホテル最大の魅力は館内至るところに設えられた日本文化を代表する本物の美術品や工芸品の数々。

 ロビーに足を一歩踏み入れると、空港の中とは思えない上質な静寂に包まれ、まず目に飛び込んでくるのは、弓を構え、槍を抱え、鹿を担ぎ上げる11人のアイヌの姿。『夷酋列像(いしゅうれつぞう)』のアートワークです。

 「夷酋列像」とは松前藩の家老、蠣崎波響がアイヌによる反乱「クナシリ・メナシの戦い」(1789年)を鎮圧した後、松前藩に協力して功績のあったアイヌの酋長たちの勇壮な姿を自ら絵筆をとって描いたもので、原画はフランスのブザンソン美術考古学博物館に所蔵されています。

 ロビーの土壁は、世界的な左官職人である久住有生氏が、かつてのクナシリ・メナシの古戦場、現在の根室付近の土を取り寄せて、ダイナミックなアートワークに仕上げています。

 原画の小さな汚れに至るまで忠実に再現されたアイヌの酋長たちの姿は、北海道が歩んできた歴史を思い起こさせてくれます。

 ロビーを抜けると宿泊客専用のゲストサロンがあります。暖炉を備えたゆったりとした空間の壁を、歌川広重などの桜を題材とした版画がぐるりと取り囲んでいます。もしかして、これって全部「本物」ですか?

「もちろん本物です。オリジナルの刷りの状態のいい作品を選んでおります。季節やテーマによって展示の内容を替えていますので、来るたびに楽しんでいただけます」(杉坂さん)

 ガラスケースの中には高価な伊万里焼の絵皿も陳列されていますが、ひときわ目を引くのは正面に掲げられた三幅の掛け軸。江戸時代の禅僧で臨済宗の中興の祖とも称される白隠慧鶴の禅画です。

 「白隠は『500年に1人の禅僧』とも言われた人で、民衆に禅の教えを広めるために禅画を多く描いています。

 独特のユーモラスなタッチで、近年特に人気が上がっていて、ここに展示しているのは『布袋指天図』『墨字面達磨図』『蘆葉達磨図』です。

 ちなみにこの場所の展示も定期的に替えており、白隠の前は、伊藤若冲の水墨画を飾っていました」(杉坂さん)

 24時間オープンのゲストサロンでは、誰にも邪魔されることなく日本文化を代表する美術品とゆっくり向きあうことができます。

2021.04.28(水)
文=伊藤秀倫
撮影=伊藤アキコ