大切な思い出は立派な花束になる

 人生は「カルテット」の「唐揚げレモン」のごとく、不可逆なものです。二度と戻ることのできない特別な時間は、もう思い出して懐かしむことしかできません。本作が私たちを饒舌にさせるのは、映画が自分自身の思い出を蘇らせるからです。

 しかも、ただ「懐かしいな」と思うだけではすまされない。「懐かしい」を因数分解すると出てくる、恋しい、楽しい、寂しい、物悲しい、切ない、心地いい、離れがたい、慕わしい……というさまざまな感情を一気に誘発してしまうのです。幸せだったことも、つらかったことも。そのすべてはもう手が届かないものですが、人生にはそんな思い出が必要になるときが必ずあります。

「恋をすると、楽しかったことは2倍になるよ。悲しかったことは半分になるよ。それまで待っててね。頑張って待っててねって。この恋は私の大切な思い出です。お母さん、どうかしまっておいてください」(「いつ恋」)

「大切な思い出って、支えになるし、お守りになるし、居場所になる。そう思います」(「anone」)

「ふるさとは思い出のことなんじゃない。そう思うと、帰る場所はいくらでもあるし、これからもできるってこと」(「いつ恋」)

 絹と麦のありふれた恋愛を観て、改めて思うのです。「あなたは大恋愛を経験したことがありますか?」と聞かれたら自分はどう答えるだろうかと。これ、実はほとんどの人がYESと答えるのではないでしょうか。ドラマみたいな大それたシチュエーションや設定がなくても、きっとどんな恋愛も振り返った当事者からしたら「大恋愛」だったと思うんです。

 素敵な恋の思い出は綺羅星のごとく人生を彩り、拠り所になるものです。この先つらいことがあっても、思い出があるだけで、ちゃんと先へと進んでいけるものなんです。だって誰かを愛し愛された記憶を思い出すだけで、心が温まり、嬉しい気持ちが宿りますから。まるで素敵な花束をもらったときのように。

 最後に、川端康成『掌の小説』の一節を紹介します。

「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」。

 絹は麦に、あの花の名前を教えたでしょうか。別れたあとも季節はめぐり、その度に花は咲きます。思い出は、やがてきれいな花となる。それを集めると、立派な花束となるのです。

綿貫大介

編集&ライター。TVウォッチャー。著書に『ボクたちのドラマシリーズ』がある。
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2021.03.04(木)
文=綿貫大介