地獄に仏とはこのことかと思った。

 実際、その男、アラム・セニックは、顔に柔和な笑みをたたえ、腹はでっぷりと肥え太り、風貌は大日如来の化身、盧舎那仏像を彷彿とさせるものがあった。

 彼は、まるで世界平和が実現したかのようなにこやかな顔を向けた。

「大丈夫、私にまかせなさい」

 そして、彼はいーひっひと高笑いした。

 アラムと会ったのは、外国人などほとんど訪れたことのないニューギニア島奥地のホムホムという小さな村だ。

 われわれは窮地に陥っていた。下流部からはるばると丸木舟を漕いで上流部までやってきたのはいいが、そこから山地に入ろうとすると、地元村人に入域を止められたのだ。

 理由は、インドネシアからの独立を目指す武装ゲリラが過激化していること。これ以上、山奥に入ると外国人は殺されかねないのと言うのである。

 われわれは別の村から山地への入域をさぐるため、湿地のつづくひどい道を二日かけて移動した。森を抜けて大きな川に出て、ようやく村が近づいてきたところで出会ったのが、アラムだった。

 四十馬力の船外機を積んだモーターボートを操縦していたアラムは、見慣れぬ外国人の姿を確認すると、すぐにボートを止めてやって来て、笑顔で右手を差し出した。

 そこまでのニューギニアの旅で学んだのは、とにかく第一印象のいいやつと関係を結ばないととんでもない目にあうということだったが、アラムの印象は圧倒的に最高だった。

 われわれを家に案内した彼は、すぐに家族を紹介し、コーヒーを淹れ、信じられないことに豚肉料理まで出してくれたのだ。

 最初は、この料理を食べたらいったい金をいくらせびられるかわかったものではないとひどく警戒したが、アラムはそんな小さな男ではなかった。アラムはその村の村長だった。

 私は豚肉をがつがつ腹につめこみながら、こう思った。いい人に出会った。彼がまかせろと言っているのだから、大丈夫だ。山に行けるのはまちがいない。この人は正真正銘、盧舎那仏なのだ、と。

 ……だが、そうではなかった。

 山への出発が翌日にせまった日の夕方、アラムはわれわれを居間に呼び出した。彼が差し出したスマホにはバンダナをして機関銃を持った男たちの画像が次々に映し出された。中には血まみれの犠牲者が映った残酷なものもあった。

「何これ?」

「OPMだ」

 OPMというのは例のゲリラの略称である。要するに、こう言うのだ。

 山にはOPMがいるから行けば殺される。インドネシア人もたくさん殺された。ここから先はダメだ。ボートで川を下ってアガツ(われわれの出発地)に戻らなければならない─。

 態度が豹変したのは、たまたまホムホムに来ていた山の村人から実情を聞かされたかららしい。アラムがそれまで廬舎那仏でいられたのは、単に山地のことをよく知らなかっただけなのだった。

 数日後、われわれはアラムのボートでアガツに送られた。ほとんど強制送還みたいなものだった。彼はアガツにも家を持っていて、われわれはそこに宿泊した。

 結局、われわれを最後に追い返し、旅に終止符を打った張本人はアラムだった。ボート代も宿泊費もきっちり請求された。それでも最後まで悪い印象がなかったのは、やはり彼の御仏のような笑みにほだされていたからだろうか。

 別れ際、「俺のことを忘れるなよ」とアラムは言ったが、私としては、忘れたくても忘れられない人物である。

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

ノンフィクション作家、探検家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学卒、同大探検部OB。2009年冬、単独でのツアンポー峡谷探検をまとめた『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。2016年12月からは太陽の昇らない暗闇の北極圏を80日にわたり一人で探検。その体験を綴った『極夜行』(文藝春秋)で2018年、YAHOO!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞と大佛次郎賞を受賞。新刊に『極夜行前』(文藝春秋)がある。

Column

角幡唯介の「あの時、あの場所で。」

角幡唯介さんは、開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞している気鋭のノンフィクション作家。これまでに訪れた世界の津々浦々で出会った印象的な人々との思い出を、エッセイとして綴ります。

文=角幡唯介
絵=下田昌克

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