随筆家で粋人であった白洲正子さんを尊敬する村治さん。縁あって、白洲さんの世界に迫るテレビ番組に出演します。そんな村治さんが、聴くと落ち着くという曲とは?
感情の種類を「喜怒哀楽」と表現しますが、私がもっとも感じる感情は「哀」かなあ、と考えることがあります。それは、私が旅から旅の毎日を送っていることと関係があるかもしれません。移動しながら音楽を聴くとき、楽しかった旅の終わりを意識し、次の旅の始まりを感じるからでしょう。訪れては過ぎ去っていくはかない一年一年を、一日一日を、そして演奏家として、一音一音を大切にしたいと思うのです。「侘び・寂び」の感覚でしょうか。
武満徹さんの「夢の縁へ」は日本的な「侘び・寂び」を感じさせてくれる曲で、よく聴いています。昨年は京都で、この曲を演奏させていただいたのですが、すとん、と自分の中にしっくりと自然に落ちた気がしました。京都という街は、長い歴史を感じる独特の空間ですから、人間の命のはかなさと、2000年もの間、綿々と続いている人間の営みに思いを馳せて、「哀」の感情が呼び起されたのだと思います。
ところで最近、私は「自然」と「つながり」の大切さをよく感じています。今春に放送されるNHKの白洲正子さんの世界に迫る番組に出演させていただくのですが、このお仕事も自然なつながりがもたらしてくれたものです。数年前から、白洲正子さんの生き方や文章に感銘を受けており、ある時、白洲さんへの深い理解をもって番組制作に取り組んでおられる方と出会って、お誘いいただきました。大阪の金剛寺や岐阜県の石徹白の大杉など、いろいろな場所にロケで伺って、良い経験でした。
この取材で深く感じ入ったのは、たとえばお寺の住職様などが、お寺の長い歴史をごく自然にお話ししてくださったことです。何十代目かの住職様が、何代も前のご先祖様のエピソードを生き生きとお話ししてくださる時、本当に人と人はつながっているんだなあ、と思いました。当たり前ですが、昔の人も生きていたんだな、現代は殺伐とした時代のように語られるけれど、昔だってそうかもしれなくて、だからこそ、人々は神々や自然に祈りを捧げていたのだろう、と。今の世と同じく、昔の人も心の平安を願い、日々を生きていた。時代を超えて、人間、求めるものは変わらないんですよね。
そんなことを考えながら、この曲を聴くと、しみじみと胸に迫ります。そして、この曲がほかならぬ、日本人によって作られたことを、単純に「嬉しい」と思います。
白洲さんはご自分について「生来の旅好き」とおっしゃっていたそうです。白洲さんと自分を一緒に語るなど、おこがましいですが、私も「生来の旅好き」なので、そのような共通点があることも嬉しく思っています。映画「男はつらいよ」の寅さんのように、失恋ばかりするのは嫌ですが(笑)、寅さんみたいに、ずっと旅していたいんです。
私の生きがいは「生きること」そのもの。旅をしながら、充実した毎日を送ることができている今、すごく生きがいを感じています。
樹齢1800年と言われる、岐阜県・石徹白(いとしろ)の大杉の前で、悠久の時に思いを馳せて。
“夢の縁へ”(『夢の縁 武満徹:ギターのための作品集』より)
ジョン・ウィリアムス
ソニーレコード
むらじ・かおり
1978年東京生まれ。2003年、英国の名門レーベル「デッカ」と日本人初のインターナショナル長期専属契約。名実ともに日本を代表する、クラシック・ギタリストである。最新アルバムは 『ソレイユ~ポートレイツ2~』(ユニバーサルミュージック)
credit=photo & talk by Kaori Muraji
realization & text by Akiko Nakazawa