1日の終わりは、旅の終わりと似ている。そんなふうに感じた、姫路城のお濠にて。

 新連載の始まりに“旅の終わり”に聴く曲をご紹介する――いささか迷いました。けれども、旅する機会が多い私にとって、“旅の終わり”は、すなわち、次の旅の“始まり”でもあります。ですから、記念すべき第1回には、旅の終わりによく聴いている、サックス奏者、Joshua Redmanさんの「Neverend」を選ばせていただきました。

 現在、アメリカ在住の弟の奏一も同じくクラシック・ギタリスト。すっかりジャズ好きになった彼が「ジャズも聴くといいよ」と、私のiPodに80曲ほど入れてくれた中の1曲でした。最初は80曲のone of themでしたが、2年前のある日、「今の気持ちにぴったり合うなあ!」と心に響いたのです。

 バッハ作品に挑戦した『村治佳織プレイズ・バッハ』のレコーディングを終え、ライプチヒから空港へ向かう列車の中でした。ゆったりしたテンポの旋律が心地良く、その時の心拍数に合うような、不思議な感覚になり、とても穏やかな気分で、その旅を振り返ることができたのです。

 クラシックのアーティストにとって、やはり、バッハは特別な存在ですから、いよいよバッハに挑戦するのだ!という緊張感を持ち、到着したライプチヒ。ところが、いざレコーディングを始めたら、良い意味で日常の延長線のような安心感に包まれました。

 デッカ移籍後、ヨーロッパでのレコーディングに慣れたこと、気心知れたスタッフの存在、理由はいろいろあると思いますが、ライプチヒ大学の学生たちが大学へ通うように、私は私が選んだ仕事をするためにスタジオへ向かう。そんな自然な気持ちになれたのです。

 もちろん、レコーディングは約1年に1度の「特別な仕事」ですが、自分なりにキャリアを重ねた今、「年に1度の日常」になったのでしょう。さらに、バッハその人が暮らしたライプチヒ。音楽の神様がきっと見守ってくださっている、そんな敬虔な気持ちも感じました。

 窓外のドイツの田園風景を眺めつつ、旅の間に感じたこと、出会った人、起こった出来事のあれこれを思い出していた時、たまたま聴いていた「Neverend」がしっくり馴染み、「この瞬間を忘れたくない」と思いました。楽しかった旅の終わりは、いつだってけだるく、ちょっと悲しいものですが、旅する経験を重ねるにつれ、旅の中身がどんどん豊かになっていく――そんな実感もありました。この旅が終わってしまう……と思えることは、その旅が良い旅だった証。恵まれた自分の環境に、心から感謝する瞬間です。以来、「Ne verend」は、夢を叶える途中にいる私の「旅の終わり」のテーマ曲になりました。ギターでは決して再現できない、サックスならではの伸びのある音で曲が終わるところも気に入っています。

“Neverend”
アルバム『Beyond』/輸入盤のみ

Joshua Redman
「Neverend」を含む全10曲を収録

むらじ・かおり
1978年東京生まれ。2003年、英国の名門レーベル「デッカ」と日本人初のインターナショナル長期専属契約。名実ともに日本を代表する、クラシック・ギタリストである。