不安そうな両親に作品を見せたところ…

 映画の舞台は80年代のアメリカ。韓国からの移民ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、人に使われて一生を終えたくないと、妻とふたりの子供を連れて、カリフォルニア州からアーカンソー州に引っ越す。ジェイコブの夢は、ここで自分の農場を持つこと。しかし、希望に燃えているのはジェイコブだけで、妻モニカの心は不安でいっぱいだった。新居として古いトレーラーハウスを見せられると、その不安は絶望に変わる。さらに、そのトレーラーハウスには、韓国から呼び寄せたモニカの母(ユン・ヨジョン)も同居することになった。アメリカ生まれで韓国に行ったこともない長男デビッド(アラン・キム)は、狭い空間での祖母との暮らしになかなか馴染めず、衝突する。実生活でジェイコブに相当するのはチョンの父。映画は、チョンに当たるデビッドの視点で語られる。

左からアラン・キム/スティーヴン・ユァン/ネイル・ケイト・チョー/ハン・イェリ ©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
左からアラン・キム/スティーヴン・ユァン/ネイル・ケイト・チョー/ハン・イェリ ©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

「最初、両親には、『ユン・ヨジョンが出る映画を作る』としか言わなかった。両親は彼女のファンなので、そう聞いて喜んだよ。だが、彼女の役は祖母で、舞台はアーカンソー、ほかに父、母、ふたりの子供が出てくるというと、両親は不安そうになった。フィクションだと言っておいたんだが、自分たちのことを映画にされるのだろうとわかったようだ。家族に映画を見せたのは、2019年の感謝祭の集まり。その日、僕は、まるで犯罪者のように肩身が狭かった。でも、映画を見ると、みんな感激し、涙を流してくれたよ」

左からアラン・キム/ユン・ヨジョン ©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
左からアラン・キム/ユン・ヨジョン ©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

 アメリカに住むアジア系は教育熱心で、わが子には医者、弁護士、会計士のどれかになれと言って育てるのが典型的なパターンだ。ご多分にもれず、チョンも、イェール大学に入るまでは、医者を目指すつもりだった。近くに映画館もないアーカンソーの農場に育ったチョンは、子供の頃、それほど多くの映画を見る機会もなく、映画監督などという職業を考えたことはなかった。

2021.04.01(木)
文=猿渡由紀