ひとりメシだからできる試行錯誤

 もうひとつ、同じ料理でも、食べ方によって味わいがまったく違ってきます。

 先ほど披露したように、ナポリタンでも天ぷらでも、食べ方次第で味わいや楽しみを大きく広げることができます。

 アホらしい、と思うかもしれませんが、一度試してみてください。一皿をずっと同じ味わいで食べ続ける隣の客よりも、美味しく楽しく食べることができますから。

 鮨でも焼肉でもピザでも、あらゆる料理は食べ方や調味料のつけ方をちょっと変えるだけで、味わいがまったく異なるし、上手に食べれば美味しさがグンとアップします。同じ料理でも隣の人より美味しく食べられます。

 そして、これらは誰かと一緒に食べているときにはできない(変な人だと思われて友達を失う可能性大)、ひとりメシだからこその密かな楽しみ……と思っていたのですが、実はそうではありませんでした。

 以前、ある会食で真面目な話をしながら食べていたのですが、相手の方が「そういえば、植野さんは独特なナポリタンの食べ方をされるのですよね?」と話しかけてきました。

 僕がテレビ番組でインサイド、アウトサイドを実践しているのを観られたそうです。他の方も「え、どんな食べ方ですか?」と急に盛り上がり、しかもそこが和洋中なんでもつくれる店で、急遽ナポリタンが出てきてしまいました。

 仕方がないのでいつもの食べ方を披露したところ、みなさん妙に感心されて、全員がナポリタンを注文して同じ食べ方をするという不思議なことになりました。

 でも、それで一気に雰囲気がなごみ、会話も弾むいい会食になりました。食いしん坊の“ひとりメシ術”が、会食や仕事に役立つこともあるのです。

 もちろん、「そんなの面倒くさい」と思う人は、好きな食べ方をすればいいのですが、ただ、少なくとも、運ばれてきた料理に、いきなり調味料をドサッとかけるのだけはやめてほしい。ラーメンの胡椒しかり、とんかつのソースしかり。

 同じメニューでもその日の素材の状態、季節、料理人の体調や機嫌などによって味は微妙に変化しているはず。どんな料理でも、まずはなにもかけずに一口食べてみて、それから必要があれば調味料をかけてください。 
 
 僕が考える美味しいお店の条件に「テーブルに調味料を置いていない店」というのがあります。これは味に自信がある証拠であるだけでなく、「まずはそのまま食べてみてください!」というお店の無言のメッセージであると思っています。

 僕は、隣の人より美味しく食べたいと思っていますが、同時に、隣の人がもったいない食べ方をしませんように、とも願っているので。

2020.07.27(月)
文=植野広生