仕事柄、日常的に旅の空の下にいる村治さんですが、貴重なお休みであっても、やっぱり旅の空の下。音楽を聴きながら、様々な旅を思い出しています。

北京の国立故宮博物院内の紫禁城にて。天井の美しさといったら!

 旅から旅への毎日を送っているからでしょうか。私はたった一週間でも旅に出ないと、うずうずしてしまって、いつの間にか心の中で旅しています。そんな時、心に残る街や場所を思い出させてくれる曲を、自然に選んで聴いている気がします。

 先日は、中国の二胡奏者、ジャン・ジェン・ホワさんの「島唄」を久しぶりに聴いたのですが、大陸的な音色を聴いているうちに、昨年、訪れた北京と上海の風景が脳裏に蘇ってきました。とりわけ、くっきりと思い出したのは、広大さに圧倒された北京の国立故宮博物院。天安門広場も「広い!」と茫然としながら歩きましたが、故宮に入って再び「広い!」と驚きました。

広大な故宮。スニーカーを履き、万全の態勢で見学しました。

 もちろん、広大とは知っていましたが、情報として知っていることと、実際にそこに立って体感することは、やはり異なります。あのスケールは、まごうことなく大陸的。小さな島国・日本との違いを肌で感じました。

 ジャン・ジェン・ホワさんが奏でる二胡の音色はワンフレーズの呼吸が大きく、それが私にはとても大陸的に感じられます。そして二胡という中国の楽器の伝統を守り、大切にしながら、世界に広めて届けようとされる姿勢が素晴らしいですし、共感もします。「島唄」はご存じのとおり、「ザ・ブーム」の曲ですが、ジャン・ジェン・ホワさんは外国の名曲をご自分の世界観で演奏されていて、「大陸と島国」の違いが感じられるのが興味深いです。

 東京下町育ちである私は、亡くなられた井上ひさし先生に「彼女の音は江戸前で歯切れがいい」と言っていただいたことがあります。人は誰でも自分の生まれ育った場所や環境の影響を受けるものですが、音楽家の場合は、やはり〝音色や歌わせ方.に、その影響が表れるのかもしれません。

 このように、最近の私は、日本が島国であることを強く意識していたのですが、先日、女優の吉永小百合さんと長崎の五島列島を旅する機会に恵まれ、のんびりと島を巡りました。五島列島は古いカトリック教会が多く存在している島々で、歴史的建造物でありながら、現在も使用されており、昔と今が確かにつながっています。海に囲まれた島の古い教会で聴く聖歌は、私がプロテスタント系の中・高出身という背景がなかったとしても、すっと心に入ってくるように感じました。ああ、この地にキリスト教が根付いたのは自然なことだったのかもしれない、と心地よい潮風に吹かれながら思いました。悲しい災害が起きてしまった今、このように徒然の思い出とともに、心静かに音楽を楽しめるのは贅沢で幸せなことと改めて痛感しています。そして、演奏家として私にできることを行っていきたいと思っています。

“島唄”(『大地の歌 The Earth』より)
ジャン・ジェン・ホワ(姜建華)
ビクターエンタテインメント

むらじ・かおり
1978年東京生まれ。2003年、英国の名門レーベル「デッカ」と日本人初のインターナショナル長期専属契約。名実ともに日本を代表する、クラシック・ギタリストである。近著に『CDでわかるギターの名器と名曲』(CD付/共著/ナツメ社)がある。

photo & talk by Kaori Muraji
realization & text by Akiko Nakazawa