【KEY WORD:ドレスコード】

 春の陽気とともに、新入社員の若者たちをたくさん街で見かけるようになりました。こういう季節になるとよく話題になるのが、「スーツの着こなしの方法」やドレスコードの話。しばらく前には、就活の際に企業から「面接は私服で」と言われても、ジーンズやパーカーで出向くと企業からひんしゅくを買うことがあるという記事が出まわり、議論になっていました。「私服」にジーンズは入らないのか、いやせいぜいビジネスカジュアルまでだろう、ネクタイは要か不要かなど、諸説乱れ飛んでいます。

 もともとスーツというのは、おしゃれの道具であるのと同時に、企業社会における制服でもあるという、2つの役割を持っていました。ところがこの2つの役割は21世紀の現在、どちらも衰退しつつあります。

 おしゃれの道具というのは、「他人と違う」という差別化のための自己表現であるということ。しかしフェイスブックのようなSNSが普及してきて、いくらデートの時や面接の時だけ着飾っても、ジャージでだらしなく過ごす日常を送っているとそれが見透かされてしまうということが起きてきています。これは衣食住の「衣」だけでなく「食」もそうです。これはわたしの新著『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス刊)でも力説したのですが、いくら高いフレンチを見栄をはって食べに行っていても、日常でカップラーメンやコンビニ弁当ばかり食べていると、誰にもうらやましがられません。だからSNS時代には、日常がとても大切になっているのです。要するに高いスーツを無理して買うのではなく、Tシャツや綿のパンツ、運動靴のようなふだん着を身ぎれいにするほうが今やカッコいいってことになってきているということです。

アメリカで生まれた新語「ノームコア」

 こういう潮流はアメリカでも起きて来ていて、今年に入ってからは「Normcore(ノームコア)」という新語も登場してきています。「とても普通であること」というような意味になると思いますが、アメリカ人観光客が着てるような普通のボタンダウンシャツ、普通のTシャツ、普通のジーンズを身につける方が、いまや他人と違う特別なおしゃれをするのよりもカッコ良いと思われるようになってきているのだとか。これも外観ではなく、自分の日常という「中身」で勝負する時代になってきている現象のひとつでしょうね。

 そしてスーツの制服としての役割も、徐々に薄れてきています。直接的なきっかけは3年前の東日本大震災で、節電のためのクールビズやウォームビズが推奨されてビジネスカジュアル化が一気に進んだことでしょうね。真夏の東京では、いまやネクタイを締めている人やスーツの人はめっきり減り、ポロシャツやボタンダウンシャツで涼しそうに街を闊歩するビジネスマンをたくさん見かけるようになりました。

 さらには働き方が変わり、終身雇用の社員ではなく、派遣や業務委託などの非正規雇用で働く人が急増しています。こういう世界では、もはや会社と従業員を結ぶ紐帯としての制服の意味はありません。「スーツを着てるから立派な社会人だ」という社会的観念自体が薄れてきているといえます。

時代とともにビジネスカジュアルの基準も変わる

 しかしこうやってスーツの制服としての役割が衰えてくると、逆に「何を着ていけばいいのかわからない」という悩みの種にもなってくるんですよね。ビジネスカジュアルといっても、いったいどこまで許されるのか。ジーンズや七分丈パンツは許されるのか、エリのないシャツはどうなのか、と際限なく疑問が浮かんでくるわけです。しかもその基準自体が、時代とともにどんどん変わっていく可能性があります。

 就活の学生や新卒の若手社員の間に服装に対する混乱が広がっている背景には、そういう過渡期の問題があるような気がしますね。

 1970年代、わたしがまだ高校生だった時のことです。定められたネクタイとジャケットの制服がどうにもダサくて嫌で、友人たちと「服装自由化運動」を校内で立ち上げたことがありました。教室をまわって生徒たちに「いまのままの制服でいいんですか? 服装を自由化して私服にしませんか?」とアンケートをとって回ったんですが、集計結果を見たらなんと……多くが「私服になったら服を選ぶのが面倒」「制服のままの方がお金もかからないし楽でいい」という回答だったんですね。これで立ち上げてすぐあっという間に制服自由化運動は下火になり、消えてしまいました。

 まあ人間は自分を縛ってくれるものを、内心求めていたりします。制服としてのスーツを着ていることで、「自分は社会につながっているんだ」「社会から承認されているんだ」と安心感を得たいという気持ちも、いまの時代にはまだ残っているのかもしれません。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.04.11(金)
文=佐々木俊尚

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