【KEY WORD:消費増税延期】

 いま8%の消費税は、来年4月に10%に引きあげられる予定でした。しかし安倍首相は、3年後の2019年10月まで増税を先送りするということを表明しました。この先送りには、民進党などの野党も同じ意見です。

 とはいえ、4年前の民主党政権のときには自民党、公明党、民主党の3党で「消費税は10%に上げます」という合意がされていたんですよね。これを全面的にひっくり返し、それに自民党と公明党だけでなく民進党も合意してしまったというのは、異常なことだと言えるでしょう。

 なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

 最大の原因は、景気が良くならないことです。一昨年に消費税を5%から8%に上げた後、個人の消費は落ち込んでしまっていて、いまも回復していません。雇用などは回復してきたとも言われていますが、給料は上がっておらず、日本社会に豊かさが戻ってきた実感はほとんどないのが現実でしょう。

 これは安倍さんにとっては、非常なジレンマです。「アベノミクスは順調」と言ってきた手前、「景気が悪いので消費税は上げられません」とは言えません。かといってここで消費税をまた上げてしまうと、さらに消費が落ち込んでしまう可能性があります。そこで伊勢志摩サミットで安倍さんは「世界の貿易額はリーマンショック以来の落ち込みになっている」と発言するという方法に打って出ました。

 国内のアベノミクスは順調だけど、世界経済がヤバイので消費税の増税は無理……というロジックにしようとしたんですね。でも「世界経済はいまそんなに悪くないだろう」と海外メディアなどからも反論されてしまいました。さすがにちょっと無理目のロジックだったと言えます。

福祉が行き届いている北欧の国々の消費税は25%

 とはいえ、景気が良くならないからと消費税を上げないままでいると、日本の国家財政はますます赤字になっていくばかりです。そもそも日本の消費税8%というのは、世界的な平均で見るととても低いのです。福祉が行き届いていて日本がよくお手本にしているデンマークやスウェーデン、ノルウェーといった北欧の国々は、25%もあります。ヨーロッパはだいたい20%前後というのが平均的。日本より低いのはカナダや台湾などごく一部しかありません。

 日本は消費税にかぎらず、世界の中でも税金が安い国です。公務員の数も、先進国では最低クラス。だから公共のサービスが充実しておらず、格差が広がる中で、貧しい人たちに満足な手当ができなくなってしまっている。おまけにお年寄りが増えてきていて、年金や医療費をたくさん払わなければなりません。いまの状況は、「税金は安いけど、国民に冷たい国」になってしまっている。これを「税金は高いけど、国民に優しい国」にしていくことは検討しなければならないでしょう。

 でも現状では、与党も野党も「税金は安いけど冷たい国」を選んでしまっている。「税金を上げよう」と言っている政治家はあまりいません。本当にこれでいいのかどうか。

 「税金を上げる前に、まず政府の無駄をなくせ」という意見もあります。一見、まっとうな意見に思えますが、先ほども書いたように日本はそもそも公務員が少なくて、公共サービスが乏しいのです。公務員の仕事を「無駄だ」と非難するのは簡単ですが、そうやって敵を見つけて叩いていくだけでは、なにも解決しません。

 日本の財政の大半を、社会保障が占めています。もし税金を上げないのなら、お年寄りの社会保障を減らしていきますという方法はあるでしょう。でもこれも、政治家は選べない。なぜならお年寄りの数が多くて、選挙の投票率も高く、お年寄りの怒りを買ってしまったら選挙に負けてしまうからです。

 じゃあいったいどうすればいいの? 政治家が今のところ選んでいるのは、「とりあえず問題は先送りしちゃう」というやりかたです。本当にそれでいいんですか?

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2016.06.27(月)
文=佐々木俊尚