もう子どものいない生活は考えられない

未映子 わたしは最初、保育園に預けるのにずいぶんちゅうちょしたんやけど、ミガンに、「毎日親子だけで決まりきったルーチンを過ごすよりも、友だちも一杯いて、オルガンで楽しい音楽も聞かせてくれる、子どもは保育園の方がずっと楽しいよ」ときっぱり言われて、背中を押される思いがした。感謝しています。

ミガン たとえば公園に行っても、わたしや夫と一緒に遊んでいるより、同じ年ぐらいの子と遊んでいる時の方がイキイキしてるもん。

未映子 でも、子どもっていうのは2歳半か3歳までは、子どもどうしではコミュニケーションをとれてないから、大人が見守ってやらないといけないっていう人もおるし。どっちかはっきりしてー、と言いたくなる(笑)。

ミガン ほんまに。

未映子 このまえ、某幼児教育の教室に通っていた友だちが言ってたんだけど、2年間しっかり通いつづけたある日、「……みなさん、もう気づいていることとは思いますが、お母さんがたが成長したんですよ……この教室は、そう、お母さんのための、教室だったんですよ!」という、強烈なオチが……。要するに、子どもにイライラしたり、声を荒げたりすることなく、見守ることをお母さんがたは学んだんですよ、っていう……。

ミガン キラキラやさしく、いつも太陽みたいなお母さん、か……。でも、子どもの頃うらやましくはあったなあ。わたしの母親なんか、生後3日で働いていて、あんまり構ってもらえなかったから、自分もそれがデフォルトになってしまって、すぐに働くべき、って自分を急かしているのかもしれない。

未映子 わたしも、家でクッキーとか焼いて招いてくれる綺麗な家の友だちのお母さんがまぶしすぎて直視できなかった。でも、それならば今回、自分がそのまぶしすぎるお母さんになることもできるのに……自分で人生を選んでいるようで、刷り込まれたことに従って生きているかも。
 あと、どうしても自分の子と他人の子を比べて、成長が遅いとか早いとか気にしてしまうことってない?

ミガン する、する。

未映子 ふだんは都合よく「個性」とか言ってるくせに、成長曲線の正常値の範囲に入っていると安心するこの心理! 頭では比べる必要はまったくないって十分わかっているのに、「やっぱりちょっと小さいのでは……」みたいな感じで比べたりして。何かが足りてないせいじゃないかと思って、それが自分の責任みたいな気がしてくる。

ミガン 父親はそのへん無関心なところもあるよね。わたしたちが仕上げたものを、そのまま受け止めます、みたいな感じで。

未映子 気にしてもしょうがないじゃん、みたいに思えるみたい。それもわかるけど、でもそれは父親がそもそも子どもとは身体的に切り離されてるからであって、身体にかんしての母親の責任感はやっぱ理解されないところもあるなあって思ってしまう。母乳も離乳食も、必死やったもん。歯ごたえとか、鉄分とか、カルシウムとか。わたしなんて、子ども生むまで、お米からおかゆを作る方法さえ知らんかった。

ミガン そうそう、もともと料理、興味ないもんね。昔、部屋に遊びに行ったら、フライパンがベランダにあったもん。

未映子 そうそう、キッチンのガスコンロを無視して本棚にしてた。あのとき何かの加減で火がついてたら、わたしここにはいなかったはず……。それで、寝起きで自転車乗って、一人でしゃぶしゃぶ食べに行ってたような人間なのに。

ミガン それがまがりなりにも離乳食を作って、子育てできてるんやから、これをお読みのみなさんも、自分を追いつめなくても大丈夫ですよ(笑)。

未映子 そう、本を読めば書いてある! でも、子育てはしんどいし、自分の時間はなくなるし、何もかもが変わってしまうけれど、でももう子どものいない生活は考えられないっていうのは真実ですよね。子どもはやっぱり素晴らしい。生んでよかったって、心から思ってしまう……。

ミガン じゃ、自分の子どもにも、子ども持ってほしい?

未映子 や、それは気が早すぎるのでは……まだそこまで考えられません。

ミガン わたしは迷うぐらいやったら、子ども持って欲しいな。だって、子育て面白いし、幸せやなあと思うことも多かったもん。焼き肉食べたことない人に、すっごい美味しいから一回食べてみて、って伝えたい、みたいな。

未映子 焼き肉って(笑)。でも、そうかも、生んでみて初めて知ることばっかりだったし。色々あるけど、自分にとって──これはあくまで自分にとってはやけど、子どもに会えたこと以上の喜びは、今後もうないような気がする。2年間熟睡してないし、めまいするし、これ以上のしんどさもそうそうないとは思うけど、好きではじめたことやし、そこはセットでがんばらないとなあ。

ミガン うん、がんばろう。いつか、こんなときもあったなあって、思う存分仕事して、好きなときに熟睡できるときがくるよ。

未映子 それはそれでさみしいかも……。

ミガン どっちよ! もう、ずっと起きとき!(笑)


 次回はいよいよ、みなさんからのお悩みに川上さんが答えます。お楽しみに!

写真=
前田こずえ

川上未映子 (かわかみ みえこ)
1976年、大阪府生まれ。2007年、初めての中編小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が第137回芥川賞候補となる。同年、早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年、「乳と卵」が第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞を受賞。同年、長編小説『ヘヴン』を発表し、2010年、芸術選奨文部科学大臣新人賞・紫式部文学賞を受賞。2013年、詩集『水瓶』で高見順賞、短編集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の主な著書に『すべて真夜中の恋人たち』など。2011年に作家の阿部和重氏と結婚、12年に男児を出産した。

Column

川上未映子の出産・育児お悩み相談室

『乳と卵』で芥川賞を受賞した川上未映子さんは、2013年、同じく芥川賞作家である阿部和重さんとの間に男の子を授かりました。その経験を綴った本が、『きみは赤ちゃん』。この刊行を記念して、川上さんが、読者のみなさんの出産・育児に関する悩みにお答えします!

2014.07.22(火)