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孤独な少女が笑うために必要だった「意外なこと」

 宇宙基地のような場所で互いを助けあうのが『夜明けのすべて』という映画なら、ニコラ・フィリベール監督のドキュメンタリー『アダマン号に乗って』は、船のなかで共に生きる人々の映画といえる。舞台は、セーヌ川に浮かぶ木造船型のデイケアセンター〈アダマン号〉。ここには日々、精神疾患を抱える人々が訪れ、様々なワークショップやイベントが行われている。人々は自分がしたいと思う芸術活動をしたり、カフェで働いたりしていて、合間には、スタッフと患者とを交えたミーティングが開かれる。見ていても、誰がスタッフで、誰がここに通っている患者なのか、その区別はよくわからない。あえて境界線を曖昧にしたまま、人々がこの船のなかで時間を過ごしお互いをケアしあう様を、カメラはじっと見つめつづける。

 ときには、家族との複雑な関係やうまく世間に溶け込めないことへの焦りがカメラの前で語られ、ミーティングで不満が噴出することもある。それでも、彼らは朝になると同じ場所に集まり、夜にはまた家に戻っていく。一緒に何かをすることで彼らが孤独に陥らないようにするのが〈アダマン号〉の役割であり、共に時間を過ごすことがいかに人々の助けになるのか、この映画を見るとよくわかる。

 生きづらさを抱えているのは、大人たちだけではない。世界との関わりかたが見つからない子供たちも大勢いる。1980年代、アイルランドの田舎町を舞台にした『コット、はじまりの夏』には、孤独を抱えた少女が少しずつ世界と向き合うまでの過程が、ていねいに描かれる。

 大家族のなかで育った9歳のコットは、経済的困窮や両親の不仲ゆえか、いつも寡黙で物思いに沈んでばかりで、家族のなかではぐれ者として扱われている。学校でも思うように言葉を発することができない。やがて両親に新たに赤ん坊が生まれることになり、コットは、夏休みの間だけ遠い親戚のキンセラ夫婦の農場に預けられる。

 キンセラ夫婦の家に行っても、コットの表情は硬くこわばったまま。思いを伝える言葉も喉の奥で止まってしまう。キンセラ夫婦は、そんなコットを優しく受け入れ、彼女の感情を少しずつ引き出していく。彼らが行うのは、何も特別なことではない。テーブルで料理の準備をし、一緒にお菓子をつくる。牛舎で掃除をし、ミルクを手に家までの道を歩く。コットの横に並び、共に何かをすることを繰り返すうち、少女の顔には徐々に笑みが浮かぶようになる。

 そういえば『夜明けのすべて』でも、藤沢と山添は、いつも横に並び、仕事をしたり、帰り道を一緒に歩いていた。並んで歩くこと。一緒に手を動かすこと。同じ空間に立つこと。共に生きるとは、いつだって単純なくりかえしから生まれる。そうして、抱えていた生きづらさがほんの少しだけ軽くなる。

映画『夜明けのすべて』

2024年2月9日(金)ロードショー
出演:
松村北斗 上白石萌音  ※W主演作品となります
渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 久保田磨希 足立智充
りょう 光石研
原作:瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社/文春文庫 刊)
監督:三宅唱
脚本:和田清人 三宅唱
音楽:Hi’Spec
製作:「夜明けのすべて」 製作委員会
企画・制作:ホリプロ
制作プロダクション:ザフール 
配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース
https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp/
公式X:@yoakenosubete
公式Instagram:@yoakenosubete_movie
公式TikTok:@yoakenosubete_movie
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会


映画『コット、はじまりの夏』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開中
配給・宣伝:フラッグ
© Inscéal 2022
https://caitmovie.jp/
予告編(ナレーション・青葉市子)https://youtu.be/XBiKvjBb0BM
#コットはじまりの夏

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Column

映画を見る、聞く、考える

映画ライターの月永理絵さんが、毎回ひとつのテーマを決めて新旧の映画をピックアップ。さまざまな作品を通して、わたしたちが生きる「いま」を見つめます。

2024.01.31(水)
文=月永理絵