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世界の見方を変えてみたら、ある“妄想”が広がった?

 星や宇宙の話が多く登場するからだろうか。どこにでもありそうな町の小さな会社である栗田科学が、ふいにまったく別の空間に見える瞬間がある。夜の暗闇のなか、ぽっと光が灯る事務所の空間が、まるで宇宙に浮かぶ基地のように見えるのだ。隣り合った机で仕事に向き合う山添と藤沢は、大事なミッションに挑む宇宙飛行士のよう。

 そういえば、科学工作玩具や理科実験用機材を扱う栗田科学には、星を見たり宇宙を観測する不思議な機械がたくさんあった。もしかするとここは、正規の軌道からはぐれてしまった宇宙飛行士や技師たちが集まる秘密の宇宙基地なのではないか。そしてある日、二人の有能だが変わり者の若者たちが基地にやってきて、自分たちでも運転できる新しいタイプの宇宙船を製造し始める。それをサポートするのが、やはり過去に傷を抱えた熟練の技師たちで……。

 もちろんこれは単なる私の妄想に過ぎない。栗田科学に宇宙船が登場することはない。けれどこの小さな町を舞台にした映画がなぜか壮大な宇宙を舞台にしたSF映画に見えてしまうように、ふと目線を変えてみれば、どこにも行けないと絶望に暮れていた人々が、この世界の遥か遠くへ行けることもある。ふと見あげた視線の先に、眩い光を見つけるように。誰かの声に耳を澄ますうち、思いもよらぬ場所へと連れていかれるように。周囲から見れば小さな変化でも、二人がそれぞれ自分にとって大きな一歩を踏み出していくように。『夜明けのすべて』は、私たちに、この世界のもうひとつの見方を教えてくれる。

2024.01.31(水)
文=月永理絵