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別れたはずの男女の共同生活は、ある少女との出会いで変化していく

 韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』(キム・チョヒ監督、2019年)も、赤の他人と住み始めたことで、自分を再発見する女性の物語だ。長年協働してきた監督の突然の死去によって仕事を失った映画プロデューサーのチャンシルは、家賃を節約するため、年配の女性が暮らす郊外の一軒家で、しばらく下宿生活を送ることになる。

 ある日、大家さん(演じるのは、『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョン)から「映画プロデューサーってどんな仕事をしているの?」と何気なく尋ねられたチャンシルは、思わず答えに詰まる。自分は結局どんな仕事をしてきたのだろう。そもそも映画製作とはどんな仕事なのか。こうして、チャンシルはこれまでの人生をふりかえる。と同時に、大家さんの語る話から、それまで知らなかった上の世代の女性たちの歩んできた道を知り、彼女は自分が何をするべきなのかを考えはじめる。

 『チャンシルさんには福が多いね』と『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』に共通するのは、彼女たちの共同生活が、いつかそこを出ていくまでの一時的なものだということ。自分の進むべき道を見失った女性たちが、誰かと暮らし、やがて一人で生きていく勇気を得る。二つの映画が描くのは、その過程の期間だ。

 そんな、ある種モラトリアムのような共同生活を描いた映画として、最後にもう一本紹介したい。映画『あずきと雨』(11月4日~17日まで公開、隈元博樹監督)が描いたのは、すでに別れたはずの男女による奇妙な共同生活。このままではいけないとわかっていながらも、ずるずると同居を続ける二人の関係は、ひとりの家出少女との出会いによって、少しだけ前へと進んでいく。一軒家とは違い、彼らのアパートは、適切な距離を保てるほどのスペースがない。だから二人は、どこまで相手と近づき、どんなふうに離れればいいのかわからない。恋人と他人の間を彷徨う彼らの関係がどう描かれたのか。ぜひ注目してみたい。

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Column

映画を見る、聞く、考える

映画ライターの月永理絵さんが、毎回ひとつのテーマを決めて新旧の映画をピックアップ。さまざまな作品を通して、わたしたちが生きる「いま」を見つめます。

2023.11.30(木)
文=月永理絵