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他人への羨望によって見失った「生き方」を、他人とのかかわりで取り戻す

 面白いのは、この同居生活を始めてから、安希子と友人たちの関係もまた変化していくことだ。自分の会社を営むヒカリ。芸能界の片隅で働いている景子(柳ゆり菜)。元同級生の二人に対しても、安希子は嫉妬と羨望を隠せない。ヒカリの地位を羨み、景子の結婚話に嫉妬する。でも友情を失う寸前で、安希子はちゃんと踏みとどまる。彼女が醜い感情に溺れずに済んだのは、やはりササポンという他人の目があったからだろう。

 昔に比べて多様な生き方が可能になった今、逆にどんな生き方をすればいいのか、見失うことが増えてきたように思う。経済的に厳しい人が多いのに、SNSには他人の楽しそうな姿が溢れかえり、どうしたって自分と比べてしまう。結婚によって経済的な安定を得たいと望んだり、SNSに虚像を載せ自尊心を満たしたいと願うのは当然だ。安希子の悩みは、この困難な時代を生きる人たち全員に通じるはず。

 理想と現実の間で行き詰まっていた安希子が、ササポンと過ごすなかで袋小路から抜け出るように、自分をよく知らない誰かと暮らすことは、周囲との正しい距離のとりかた、そして自分自身を冷静に見つめ直す機会になるのかもしれない。ただし、説教臭さや、相手の私生活に踏み込む図々しさを持った相手ではだめ。互いに干渉しあわず、たまに隣に並んで共同作業をしながら、少しだけ話したいことを話す。適切な距離感を保てる他人だからこそ、誰より親密な時間をつくれるのだ。

2023.11.30(木)
文=月永理絵