東洋一のサウンドマシーン、クレイジーケンバンドを率いる横山剣さん。その常人を超えた旺盛なクリエイティヴィティにインスピレーションを与える源泉のひとつが、魅力的な女性たちの存在です。これまでの人生で恋し憧れてきた、古今東西の素敵な女性について熱く語ります!


#007 山口百恵

1980年10月5日に日本武道館で行われたファイナルコンサートより。(C)文藝春秋

山口百恵(やまぐち ももえ)

1959年東京都生まれ、神奈川県出身。1972年にテレビのオーディション番組「スター誕生!」に出場し、73年に映画『としごろ』で女優として、また同名主題歌で歌手としてデビューを果たす。その後、歌手・女優として活躍。数々のヒット作を世に送る。80年に俳優・三浦友和との婚約を発表後、ファイナルコンサートを行い引退。同年11月に結婚した。現在、長男の三浦祐太郎、次男の三浦貴大も芸能活動を行っている。

 山口百恵さんは、現在59歳。僕のひとつ上ですね。学年でいうと、ふたつ上になります。

 1973年に、桜田淳子さん、森昌子さんと一緒に「花の中三トリオ」として売り出された時は、3人の中では一番地味なイメージでした。

 僕も、最初は淳子ちゃんが好きだったんですけど、翌年の「ひと夏の経験」あたりから百恵ちゃんのよさが急に分かってきました。

 その頃、笑福亭鶴光さんがヒットシングル「うぐいすだにミュージックホール」のB面で「ももえちゃん」(作詞・作曲/山本正之)という曲を歌っていたんですよ。AMラジオの深夜放送でよく耳にしました。

 ♪ マシュマロのような唇に エマニエルカットの黒い髪――

 確かに、唇が色っぽいんですよね。

 彼女のイメージを決定づけた楽曲は、何と言っても76年の「横須賀ストーリー」でした。

 百恵ちゃん自身が小中学生時代を過ごした横須賀を歌ったこのシングルは、彼女の楽曲において初めて、阿木燿子さんが作詞を、宇崎竜童さんが作曲を手がけています。

 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で一世を風靡したこの夫婦コンビが、横須賀という土地の空気感をもろに引き出している。

 百恵ちゃんが育ったのは横須賀の不入斗という町。これで「いりやまず」と読むんだから、なかなかの難読地名です。急な坂を登った先にあるこの町の雰囲気が、「横須賀ストーリー」には濃厚に再現されています。何かを背負った、陰を帯びた重たい感覚が。

 横須賀歌謡の系譜というものは、確実に存在しますよね。ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、山口百恵の後は、80年に横浜銀蠅が「横須賀Baby」でデビューする。

 クレイジーケンバンド(以下CKB)が2002年に発表した「タイガー&ドラゴン」も、その路線を引き継いだつもりです。横須賀歌謡には、東横線じゃない、京急線ならではの雰囲気があふれている。

2018.12.30(日)
構成=下井草 秀(文化デリック)

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