平日午前の陸別。どこの都市にも遠く、交通も不便で気候も厳しい、山あいの過疎の町です。もちろん街を歩いている人などまったくない。ただ、もともとさほど大きな町ではないので、いわゆるシャッター通りがつづいているといったような悲しい風景もあまりなかった(そもそも風景の大半が雪に埋もれてよく分からない)。小さな、のんびりした町です。

駅を出て正面の通りを歩いて行くと、北海道ではおなじみのコンビニ「セイコーマート」があった。とりあえず入ってみました。
私は旅先で、旅行者らしくないふるまいをすることが大好きなのです。それはあまのじゃくな気持ちでやっているのではなく、そこで暮らしている自分を妄想するというワクワクの行動です。だから旅先でコンビニやスーパーに入るのがとても好きです。

セイコーマートでレジをしていたのは、意外にもハタチくらいの若い女の子でした。
いわゆるパートの主婦か店主風のおじさんを想像していた私はかなりびっくりして、コンビニを出てからもしばらく、レジバイトの女の子のこれまでの人生といまの生活について夢想した。この町から通える距離に専門学校や大学なんてないはずだから、あのバイトがきっと専業なんだろうし、近所に住んでるんだろうなー。もしかしたら店主の娘なのかもしれない。どこに遊びに行くんだろう。私だったらどう暮らすだろう。夢想しながら街を歩いた。

北の目的地に求めていること

最初は快晴・微風が心地いいなんて思ったけれど、歩き回っているとさすがに手袋をしていないのはきつくなってくる。肌の露出部分がギンギンに冷えて痛くなる。街の中の道は踏み固められているけど、ずっと先まで雪で真っ白、そのまま山のほうへつづいている。遠くの山にはスキー場らしきものが見えるけど、設備はかなり小さそう。地元の人用って感じかなあ。町のなかをぐるっと軽く回り、ときどき家の前の雪かきをしている人にチラチラ見られながら、駅に戻ってきました。

陸別については、これだけ。
え? これだけ? と思われそうですが、これだけです。
私が北の目的地に求めているのは、だいたいこんなものです。しかも、これで私は十分に満足してる。陸別というところに来たこと、マイナス13度の空気のなかを歩いたこと、そしてコンビニのバイトの女の子を見たこと。ある北の街で、その街なりの「北」を感じたら私はもうおだやかに満たされる。

ところでこの旅行では、旅程で書いたとおり、東北に秋田から入って青森を経由し、北海道へ渡っています。
深夜バスでは東京から北海道にいけないのだ! 海があるからしょうがない。だから一度東北で降りなきゃ行けないのだ。
でも、せっかく行ったことのない北東北を通るってことで、私はあえて「秋田入り」を選び、JR五能線に乗って冬の日本海を見てから北海道に渡ろうと思ったのです。
そしたら私、途中の青森がものすごく気に入ってしまいまして。帰ってきてからは、北海道よりも青森のほうが印象に残っていたくらいです。

土着的な積年の念に惹かれる

その旅行以来、日本の「北」で私がもっとも惹かれるのは、最北の北海道よりも東北地方になりました。特に青森。
北海道の「北っぷり」ももちろん好きなのだけど、アイヌ以外のほとんどの道民はそもそも開拓などで明治維新後にやってきた人たちなので、北海道の街では人の念をあまり感じない。

逃北の目的地としては、寒いところでこそ育てられる心情、生産性の低い土地でひもじさに耐えてきたことにより鬱屈する人間の業、歴史上ほとんど日陰に追いやられてきた場所としての思い……そんな土着的な積年の念を感じるところのほうがやけに惹かれることに気づいたのです。だから、北海道よりも東北地方に引きつけられるし、そのなかでもっとも北に位置する青森が最適になる。

東北出身の有名人には、いかにも東北らしい念のある性格・作風を持つ人が多いように思います。毎日テレビで目にするお笑い芸人に東北出身者はきわめて少なく、明るく笑って何かを発散するような方向性の人・作品はあまり目にしません。

たとえば青森県の出身者をぱっとあげるだけでも、太宰治、寺山修司、棟方志功、奈良美智、淡谷のり子、三上寛、松山ケンイチ、ナンシー関、人間椅子(バンド)……カラッとした雰囲気の人が出てきません。それぞれにドロッとした強い業を感じるメンバー。私が北に求めているものはまさにこれなんですよ。こういった見方にはかなり偏見が入っていることも承知だけど、私はそんな東北らしい東北出身者にこそ親しみを感じる。

私は純然たる北の血統である

それはきっと、私がもともと東北の出身だからです。
……と言い切るのはちょっと微妙なんだけど、決してウソではない。歴史をたどっていけば東北に行きつくのは確かだ。
私の両親は、ともに北海道の出身。両親が結婚後に上京して関東に居を構え、そのあと生まれた私は(残念ながら)関東生まれ・関東育ちです。

しかし、両親の出をさらにさかのぼると、先祖は宮城の県南や会津、あるいは北陸(詳細は不明)のほうからそれぞれ何らかの事情で北海道に逃げてきた一族らしい(あえて「逃げる」という表現を使ったけど、父が先祖のことを語るときには実際に「北海道に逃げてきた」という言い方をしていた。これはとても印象深かった)。
だから、私は純然たる北の血統である。北海道の文化に染まった両親に教育された、東北4分の3、北陸4分の1の血を引く人間です。北への憧憬があるのは当然かもしれない。

卒業旅行のあと、私はほんとうに青森が気に入ってしまい、夏と秋にも青森を訪れて、その年は都合3回も青森を旅しています。
次は、青森で夏の逃北を満喫したお話をしようかな、と思います。