「ルー・リード氏」が死去

日本経済新聞 2013年10月28日

 ルー・リード死去。

 こうして最もぶっきらぼうに書くのがいちばんぴったりくるような気がします。

 言わずと知れた、カリスマ性を持つミュージシャンです――いやおそらく、一部の人には「言わずと知れ」ているけれども、日本の老若男女全体の規模でいえばさほど知られていないのでしょう。私自身は曲を長く愛聴しており、訃報には少なからずショックを受けました。

 知名度としては全国紙で報じるに十分のようで、各紙に訃報が出ていますが、さすがに新聞で冒頭のように呼び捨てにするわけにもいかない。「ルー・リードさん死去」などと書かれている。

 これがなんだかすごい違和感なのである。「さん」がものすごく似合わないのだ。

 私のようなほぼ日本から出ない日本人にとって、ルー・リードは生ける伝説であり、存在が遠すぎて死そのものも想像しづらい人物です。しかし、「さん」をつけると急にその人が生々しくなってしまう。カリスマ的な人物も「こっち側」に降りてきてしまう感じがするのです。「さん」をつければほら、ジョン・レノンさん、ボブ・マーリーさん……なんだかみんな野暮ったくなってしまう。切ない。

 そんななか、日経新聞は「ルー・リード氏が死去」と報じていました。どうやら日経は、訃報のときの敬称はほぼ「氏」としているようです。

 このくらいのドライさのほうがしっくりくるじゃないか。ファン側の勝手な心理だけれど、これで彼の面目が保たれたような気がしてしまう。

 ただ、同紙でも、同時期に亡くなった作詞家の岩谷時子については「岩谷時子さん死去」と「さん」付けなのでした。これはこれでしっくりくる。

 訃報の敬称は多少恣意的でもいいなあ……と感じた次第です。

2013/11/14

 


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