「支配に対する一つの在り方として、独尊(どくそん)という言葉を考えます。(中略)私たちは(ひと)(とうと)い。私も尊い、あなたも尊い。その独尊たる者を、人は英雄と呼ぶのではないでしょうか」

 これは現代社会を生きる自分たちにも投げかけられている言葉だろう。自分は自分にとって大事な存在だということを自覚する。その前段階があってこそ、人は権威に支配されず、惑わされず、自分の頭で考え、自分の意志で行動できるといえるのではないだろうか。

 驚くことに、著者は独学で中国史を学んだという。幼い頃に酒見賢一の『後宮小説』を夢中で読み、そこから中華ファンタジーを読むようになり、学生時代には夏休みを利用して二か月ほど湖南大学に留学した。卒業後は劇団関連で演出か台本を書く仕事を希望していたが、就職氷河期でほとんど枠がなく、公務員となった。小説なら一人で演出も照明も役者もできると思い、小説教室に通い始める。そこでは中国の時代ものの他に現代小説も書いていたが、長篇としてはじめて書いた『震雷の人』でデビューを決めたというわけだ。

 唐の時代には親近感を抱いているという。小学生時代にバブルを経験し、就職活動時には氷河期を迎えていた著者にとって、絶頂期からみるみるうちに転落した唐の情勢変化は、自分が生きてきた時代と重なるものがあったようだ。また、公務員時代には日本の行政機構の基本が唐の律令や制度を参考に作られていることから、「役職名や機構の仕組みが同じで、遠い気がしなくて」。

 著者の第三作となる『火輪の翼』は〈安史の乱〉シリーズ最新刊で、この騒乱を終わらせようとする人々の姿が描かれているという。今度はどのようなドラマを見せてくれるのか、こちらも楽しみである。

戴天(文春文庫 ち 12-2)

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2024.04.17(水)
文=瀧井 朝世(ライター)