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自分の中にくすぶっていた悔しさや怒りが原動力に

――以降、『うきわ -友達以上、不倫未満-』(2021年)、『今夜すきやきだよ』(2023年)と手掛けてこられましたが、『チェリまほ』含めいずれも原作ものだったのに対し、2024年1月期の『SHUT UP』はオリジナルドラマです。同じ女子寮で暮らす苦学生4人が、そのうちの1人を妊娠させた上に中絶費用を支払わなかった男に復讐すべく、100万円強奪計画を立てるが……というクライムサスペンスでした。この作品はどういった経緯で生まれたのでしょう。

 オリジナル自体はずっとやってみたかったんです。でも企画書がうまく書けないことが続いていました。いつも全体構成でつまずいてしまって。だけど、自分の中にあるもの、ずっとくすぶっている思いや自分自身の経験と向き合ってみたら書けるんじゃないか、と思って書いてみたら書けたんです。それをドラマ室の森田(昇/『SHUT UP』CP)や祖父江(里奈/『今夜すきやきだよ』CP)が面白いと言ってくれて、成立できました。

――そこで向き合った「自分の中にあるもの」とは具体的にはどういうものですか?

 なんですかね……。悔しさや怒りが自分の中でエネルギーになりやすい感情なんですけど、そういう負の感情に伴う経験や、思春期の頃に感じていたことなどをバーッと出した感じかもしれないです。自分の育った家庭がわりと不安定だったりいびつな側面があったりして、思春期の頃に周囲の子たちの家庭環境を見て「いいな」と思っていた気がするんですね。そういう悶々としたものがずっとくすぶっているというか。

――そういった感情と向き合うのはつらい作業ですよね。日々の仕事もある中で気力の要ることだと思いますが、そのしんどさを乗り越えてでも「この怒りをもとにしたら絶対に良い物語がつくれる」と思えたんでしょうか。

 私自身が「テレビって恵まれてる人たちの物語ばっかりじゃん」と思っていた時期があったんです。これがちゃんと形にできたら、同じように感じているどこかの誰かの居場所にもしかしたらなれるんじゃないかと思っていて、それがエンジンになっていましたね。

――制作においては、原作ものと比べて気をつけるポイントはどう違いましたか?

 原作があるときは、もともと一度完成された世界があるのでその大事な部分を損なわないように気をつけていました。だけどオリジナルとなると更地から立ち上げるというか、一個の“正解”がなくて、立ち返るのが自分自身しかいない。だからこそこれまで以上に監督や脚本家さんと話して、本当に細かいことひとつひとつで丁寧にディスカッションしました。中立性を持って物事を多角的に見られる人の冷静な意見がないと、作品としてのバランスが保てないんじゃないかと考えてましたね。立ち返ったときの自分が正解になりすぎないように、主観的になりすぎないようにしたかったんです。

――実際、制作の過程で「これは主観的になりすぎていたな」という出来事はあったんでしょうか。

 たとえば100万円を強奪した後、警察に捕まる、そして警察がサンクティへの架け橋になるっていうのを企画段階から決めていたんですが、警察ブロックよりもサンクティブロックに意識が大きく行っていたんです。彼女たちが100万円盗んだことに対して、彼女たちの貧困、性暴力という被害者性への思い入れが強すぎて加害者性にあまり意識が行ってなかった。でも脚本家の山西竜矢さんが「どんな事情があっても罪は罪だから、それと向き合う時間を一回つくったほうがいいのでは」「警察の女性がサンクティへ導く為だけの記号になっていないか」と言ってくれて。「確かに…」と思って、立ち止まって警察ブロックの描きも熟考することができました。

――性暴力という言葉が出ましたが、本作では性的合意やリプロダクティブ・ライツなど、非常に今日的なイシューが描かれています。そういった部分とエンターテインメント性のバランスの取り方には相当な慎重さが必要だったんだろうと観ていて思いました。

 「ここでエンタメ性に重きを置いてしまうと、当事者の切実性が覆い隠されてしまうのではないか」という場面では、たとえば編集で「音楽はかけないでいこう」とか「かけるにしても、こんな華やかな音楽はやめよう」とか、そういうことをひとつひとつ話し合いながらつくっていました。

――自分の中にあるものと向き合ってドラマをつくって、抱いていた負の感情はそれで昇華されるものですか?

 昇華はされないですね。ただ、報われることはあります。すごく一生懸命書いてくれたことが伝わるお手紙を今回も何通かいただいたんです。そうしたものを読むと「ちゃんと観てくれる人がいて、誰かに寄り添うことができたのかな」と思えますね。

2024.03.27(水)
文=斎藤 岬
撮影=平松市聖