というアドバイスを受けておいてよかった。

 エレベーターで三階に移動し、「山茶花」の表札を確かめてから、ドアをノックして「坂東です」と告げると、

「入って」

 という菱先生の声が返ってきた。

 やけに声がはっきり聞こえると思ったら、扉の内側にロックを嚙ませて、開いた状態になっていた。

 失礼します、とドアを開けると、正面に座っていた先生が、

「上がって。そこに、座って」

 とうつむいたまま、手にしたペンで座卓を挟んで向かい側を示した。

 スリッパを脱いで、そそくさと部屋に上がる。

 私たちの部屋とほぼ同じ間取りの和室で、座卓の上には書類が並んでいる。私が部屋に入ったときから、先生は難しい顔で紙を眺めていたが、ようやく顔を上げると、

「そこの座布団、使っていいから。みんな、どう? 緊張してた?」

 と部屋の隅の座布団を視線で示した。

「最初は緊張していましたけど、お土産の話で盛り上がって、結構、リラックスした感じになったように思います」

 そう、とうなずいて、先生は私が座布団を敷くのを待っていたが、腰を下ろすなり、

「ダメダメ。正座は膝に負担がかかるから」

 とさっそく注意が飛んできて、慌てて正座の姿勢を崩す。

「ココミは、どんな様子だった?」

 座卓の上の書類を整理しながら、先生が訊ねてきた。

「心弓センパイですか?」

「ちゃんとごはん食べてた?」

 隣に座っていた心弓センパイのトレーの様子を思い出そうとするが、記憶にない。気にならなかったということは、しっかり食べていたのだろう。

「たぶん……、食べていたと思います。そうだ、いつもと違って全然しゃべらなくて、でも、途中からは普通に戻って、お土産に甘栗を頼まれてる、って言ってました」

 そっか、と先生は肘をついた姿勢で、こめかみのあたりにペンのお尻の部分を当て、ぐりぐりと押しつけた。あの陽気な心弓センパイでも本番を前にして無口になってしまうのだ、と改めて選ばれし走者の重責に思いを馳せていたら、

2024.01.30(火)