戦後を代表する前衛書家の足跡とは?

パリ日本文化会館に掲げられる「ジャポニスム2018」と井上有一展のポスター。

 紙と墨という伝統的な材料と技法を使い、全く新しい現代的な書の表現を創り出した井上有一の個展「井上有一 1916-1985 -書の解放-」が、国際交流基金パリ日本文化会館で開催されている。

パリ日本文化会館で開催の井上有一展。その力強さに圧倒される。

 井上有一は1916年東京生まれ。幼い頃から絵が得意で、画家になることを目指して、教師をしながら画塾や研究所で学ぶが、画の道を諦め、25歳の頃より、書に転じる。

 そして、書芸術の革新と現代書芸術の確立を目的とした「墨人会」の創設メンバーとして、1940~50年代にヨーロッパで起こった抽象表現を中心とする美術の潮流とともに、新しい時代の書を目指し、その前衛的な作品で注目を浴びる。

井上有一の書を象徴する作品。向かって左から《円》(1968年制作)、《無我A》(1956年制作)、《刎》(1980年制作)。

 展示会場に入ると、太い筆を使い、力強く書かれた作品が目に入る。

 まず現れるのが、有一を代表する《円》《無我A》《刎(ふん)》の3作品。1957年の第4回サンパウロ・ビエンナーレに出品された《無我A》を中心に、向かって右に、首をはねるという意味の漢字《刎》と、左に薄い墨で書かれた《円》。

 《無我A》は、抽象絵画の影響を受け、文字という形態を捨てた作品を書いていた有一が、そこから新たに脱却して、もう一度、漢字を用いて書いた作品。

 《刎》は、70年代後半に自分の体が病にかかっていることを知った有一が、一日一日、絶筆をなすような気概を持ち、自ら首をはねるほどの決意で制作をしているという意思表明の書でもある。

 《円》は、円が持っている調和や物事のバランスを書で表している。

一字書。上段は《花》(1957年、1967年制作)、下段は《愛》(1972年、1973年制作)。

 有一が得意とした書の形式の一つに、一枚の紙の上に一つの文字を書く「一字書」がある。

 ローマ字は一文字では意味を成さないが、漢字は一つの文字でいくつもの意味を内包しているのが特長だ。

 「書は絵画か、それとも文学か、とよく言われますが、絵画的であり、一方で文学と同じく読解していく面もあります」と、この展覧会のキュレーターで東京藝術大学大学美術館館長の秋元雄史氏は語る。

上段は《足》(1973年制作)、下段に《貧》(1973年・1976年制作)の一字書が並ぶ。漫画のコマ割りのように、漢字が変化していくようだ。

 上段に《足(たる)》、下段に《貧(ひん)》の一字書が並ぶコーナー。この2文字は、有一が傾倒した中国の思想家・老子からヒントを得た言葉。

 有一の最初の一字書は、1954年、38歳の時に、ボロボロになった古い襖に、ヤケクソ気分で叩きつけるように書いた《貧》の字が始まりで、それ以降、一字を書くのが本命になった、と自伝で語っている。

 「一字書は、一つでも鑑賞できますが、このように同じ字が固まり、時にリズムを持って、絵画のような効果も出ていると思います。コマ割りの漫画のように、字がキャラクターのごとく動いていくようにも見えます」と秋元氏は、一字書のおもしろさを説明する。

文・撮影=景山由美子