字意識過剰

渋谷直角

漫画『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカヴァーを歌う女の一生』のヒットで話題になったライター/漫画家の渋谷直角さん。CREA本誌でも好評連載中のイラストコラム「字意識過剰」のWEB出張版がスタート。毎回様々な「ことば」についての誇大妄想が爆発します。頭を空っぽにしてお楽しみください!(不定期連載)

※ 連載中は最新の3話を公開しています。

 野菜でもっとも愛らしいのは、「ピーマン」である。

 まず、名前がいい。口に出したときの、「ピー」がいい。

「ピー」でイントネーションが上がって、「マン」と下がる。この緩急が楽しい。

「のりピー」や「柿ピー」だと、「ピー」のイントネーションが下がる。これはあまり楽しくない。だが、「ピーマン」と言うと、妙に浮かれた感じで、楽しい気持ちになるのだ。皆さんも元気がないとき、落ち込んでいるときは、そっと「ピーマン」とつぶやくといい。元気になるよ(この論法だと、「ピーター」でも良い、ってことになるが……。まあ、ピーターのこともそんな嫌いってわけでもないので、良しとしよう)。

「ピーマン」は、奥ゆかしいところも魅力だ。

 スーパーマーケットに行って、「俺たち、野菜だぜ」とデカい顔しているのは大抵、大根やキャベツ、トマトにネギなどだ。学校でいえば、ヤンキーやギャルなどの派手なグループ。EXILEでいえば、前のほうの人たち(すっごい雑なイメージ)。一方、「ピーマン」はそんな連中のバックで踊っているタイプ。スーパーの野菜コーナーでも少し奥の方。強い主張はせず、4番手、5番手的なポジションにフワッと佇んでいることが多い。学校で、派手な感じでもないのに、勉強も全然できないみたいな(でもイジメられたりするわけでもなく)、ちょっとカーストのグレーなゾーンにいるようなところ。そんなニュアンスが、「ピーマン」にはある。

 そんな押しの弱い「ピーマン」だから、結構、屈辱的なことも受け入れてしまう。プライドがボロボロになるようなこともされてしまう。たとえばこれだ。

「ピーマン肉詰め」

 まさか、肉詰められるなんて。それもパンパンに。シソの葉やキャベツのように、「巻く」だの「ロール」だのではない。「づめ」だ。なんてピーマンに敬意のないやり方だ。僕は、肉詰められた経験はないが、それがどれだけ悔しいものかは想像できる。完全に「お前は“ガワ”だから。引き立て役だから」と宣告されたようなものだ。所属事務所から、「お前のバンドだけど、メインは肉で行くから」と言われたら。これは相当ツライだろう。

「AKB48の新しいセンター、肉!」

 指原莉乃も渡辺麻友も高橋みなみも納得できるだろうか?「肉詰め」とは、そんなヒドイ行為なのだ。ピーマンという存在を、あまりにも軽く扱う行為なのだ。なのに、さぞかし傷ついているであろう、ピーマン自身は、こう言う。

「でも、おいしいから……」

 な、なんてけなげなんだ、ピーマン。「おいしくなるなら、ぼく、ガマンするよ」と。「肉詰められるよ」と。しかも、すげえムリした笑顔で。哀しそうにはにかんで。そう言われて、どうだ? 愛おしくてしょうがないだろう? しかも実際、ピーマン肉詰めは最高にウマイ。あと、つくねを詰めるのもウマイ。ピーマンの苦味が引き立っている。それがまた、余計に哀しい。

 そんなピーマンのことをググってみると、ピーマンは16世紀には日本に入ってきたらしいのだが、当時の人には「まっず!」って感じで、まったく相手にされなかったらしい。確かに苦味があるし、匂いも強いから、最初は敬遠されるのもわからないでもない。

 しかし、そこから350年も! 第二次大戦が終わるまで! 日本人はピーマンを食べなかったらしいのだ! どんだけ無視されてるんだ!? 敬遠されすぎだろう。それがなんで急に食べるようになったかというと、終戦直後、ほとんどの食品が政府に規制されて、自由に売買できなかったらしく、その中で、ピーマンだけは規制リストに入っていなかったのだという。その理由がヒドイ。「存在を忘れてたから」「ピーマンなんて、日本人は食わないから」だったらしいのだ! 

 何だそれは!? ピーマン、可哀想すぎるよ!「学校の地味なヤツ」どころのポジションですらない。「こんなヤツ、いたっけ?」と、卒業アルバム見ても思い出せないレベルの存在ではないか。

 そんな、忘れられていたピーマン。規制リストに載ってないということで、「食えるもんなら何でもいい」「むしろ儲かんじゃね?」と、関東のある農家が作り始め、実際、飛ぶように売れたのだという。脱法ピーマンだったのだ。日本人が肉を食べるようになっていくこともあり、肉と合うピーマンも、徐々にその存在が認められるようになっていったのだそうだ。

 ピーマンはそんな、哀しい青春時代を送ってきたヤツなのだ。ずっとナメられ、認めてもらえなくて、存在すら忘れられてきた過去。でもガマンして、ガマンして、耐え忍んで耐え忍んで! 第二次大戦を経て、高度経済成長を経て、ようやく「アリだね」となってきた。学校でも派手なグループに一応、存在を確認してもらうポジションまで来た。「ピーマンの青春はこれからだ!」。そんなところに、コレだ。

「パプリカ、登場」

 これはキツイ。ここに来ての、パプリカさん投入はキツイ。ピーマンからしたら、相当ショックだったハズだ。赤かったり黄色かったりの、すごく派手な、しかも甘~いヤツが転校してきたわけだから。

「え!? キャラかぶってるのに、アイツらの方が目立つ……!」

 形はほぼ一緒なのに、ものすごいポップなビジュアル。さらに「パプリカ」なんてオシャレな名前で転校してきた、自信満々なヤツ。こっちはしょせん「ピーマン」である。どうやったって勝ち目がない。後半にドログバ選手が入ってきたときの日本代表も、こんな気分だったにちがいない。

 実際、パプリカが来たら、クラスの注目も一気に向けられる。サラダなんかに入ったら、ものすごいアクセントだ。カラフルでオシャレに見える。ピーマンはレタスさん、ブロッコリーさんなんかと同系色なので、同じ舞台に立ってもまったく目立たない。むしろ「ちょっとぉ~、色カブってんですけどぉ~。どいてくれない?」とネチネチ言われ、「アイツ、ジャマじゃね?」と楽屋で陰口を叩かれる。芸能事務所もテレビ局も当然、「パプリカ使おう」とキャスティングするだろう。元の地味なポジションに落とされたピーマンはまた、無理した作り笑顔で、「とりあえず、肉詰めとくか」……。

 うう……、どこまでも、ピーマンは哀しい運命である。そんなピーマンを応援したい。ピーマンと出会ったら、声をかけてあげたい。「なあ、ピーマンよ」と。「オリジナルはおまえなんだ」と。「どうか、自分がピーマンであることを忘れないでくれ」と。そうすれば、再びおまえは成長する。おまえが必要とされる日が必ず来る。現在の苦しみは、少年が大人になるときに熱を出すようなものなのだから……。

 後半は、オシム監督が香川真司選手について語ったインタビューの丸パクリだが、つまりはそういうことだ。何がだ。皆さんにも、ピーマンの愛らしさが伝わっただろう。「ピーマン」と口にして元気を出し、ピーマンを愛してやってほしい。ピーマンには、トマトの4倍のビタミンCと、カルシウムやミネラルも豊富に含まれており、免疫力を高めるのに役立つ。ちなみに、ピーマンという名前はフランス語の「ピマン(唐辛子)」から来ている。唐辛子の一種だからだ。でも、フランス語でピーマンのことは「ポワブロン」という。もう、なんだかいろいろ中途半端な名付けられ方も含めて、愛おしい。

 そして、「ピーマン」だけで3000字近くも書いてしまった自分にビックリしている……。

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渋谷直角 近況

浜松の「BOOK AND PRINTS」というお店で売ってる、コーヒー豆のラベルを描きました。限定販売らしいので、近郊にお住まいの方はよかったら~。

既刊本

プロフィール

ライター/漫画家。著書『直角主義』(新書館)、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカヴァーを歌う女の一生』(扶桑社)、『RELAX BOY』(小学館)が発売中。

ホームページhttp://www.shibuyachokkaku.com/

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