ひたすら目を奪われる、「誰が見てもすごい」明治の工芸

ガラス質の釉薬を金属や陶磁器に施し、焼成・研磨した七宝の起源は近世だが衰退、明治にベンチャー産業的に新技法が開発された。【七宝】並河靖之「桜蝶図平皿」清水三年坂美術館蔵

 今のところ、美術のグローバルスタンダードはヨーロッパ起源の西洋美術であり、明治維新以降、日本人もその理論を学び、価値観を我がものとすべく努めてきた。だがそれゆえに、近世までは時に「飾り」であり、時に「道具」であった日本の造形物は美術と工芸に分かたれ、「工芸」は絵画や彫刻をヒエラルキーの上位に置く「美術」の下風に甘んじざるを得なくなる。この怨念、あるいはコンプレックスが、現代まで日本の工芸を縛り、迷走もさせてきた。西洋起源の「美術」に交ざるなら、長い時間をかけて積み重ねられてきた文脈を踏まえた上で、確固たるコンセプトに基づいて制作しなければならない。だがそれは、「素材と技術」命でやってきた工芸にはどうにも不得手なあり方だ。

 同じように、「背景知識がなくても見れば分かる」江戸絵画や、今回紹介される「誰が見てもすごい」明治の超絶技巧工芸などに対する昨今の関心の高まりは、一貫して西洋へのキャッチアップを目指して走り続けてきた日本人の、「西洋近代」疲れではないかと思われるのだ。

刀装具専門の彫金師が好んだ菊の花尽くしの蓋上で雄鶏が胸を反らす。【金工】正阿弥勝義「群鶏図香炉」清水三年坂美術館蔵

 だからこそ、見た後で明治以来の日本の近代化について考えるよすがにしてほしいのが、この『超絶技巧! 明治工芸の粋』展だ(こうした作品を初めて見る方は、取りあえず「なにこれ!」と仰天したり、思わず噴き出したりするので手一杯だろうけれども)。江戸時代には武家を顧客に、技術の限りを尽くした刀装具や印籠、根付けなどの装身具、漆工など調度・文具を手がけていた職人たちは、明治維新によってパトロンを失う。一方、未だ不平等条約下にあって、近代化を最重要課題としていた明治政府は、万国博覧会を政治的、経済的なアピールの場として位置づけ、江戸時代以来の技法を使った鑑賞用の工芸を有力な輸出商品とした。こうして驚異的に高度な技法を惜しみなく注ぎ込んだ七宝や金工、陶磁、漆工などが制作され、正倉院以来とも言われる工芸の黄金時代が現出するのである。

象牙に筍を写実的に彫刻した「牙彫」の傑作。【牙彫】安藤緑山「竹の子、梅」

 象牙を彫刻・彩色して、虫喰い跡まで再現したスーパーリアルな柿の実。表面に無数の菊花が開く磁器の香炉。悪趣味と紙一重の超絶技巧工芸の数々には、ひたすら目を奪われる。だがその黄金期は長く続かず、主に輸出用だった作品の存在は忘れられた。今展では、海外に点々と残るこれら「忘れられた工芸」を蒐集してきたコレクターの所蔵品を中心に、超絶技巧工芸の全体像を俯瞰することができる。

特別展『超絶技巧! 明治工芸の粋─村田コレクション一挙公開─』
会場 三井記念美術館
会期 2014年4月19日(土)~7月13日(日)
料金 一般1,300円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://www.mitsui-museum.jp/

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2014.05.10(土)
文=橋本麻里