――当時、どのような部分に難しさを感じていましたか。

相川 子どもが生まれた時点で所属事務所から独立したんです。個人事務所なので身軽に動けるのはメリットですが、活動が減ってしまうと、歌手としても当然露出も難しくなって……。そういう部分での葛藤も抱えていました。

 

「ターニングポイントを迎えたんです」次男の出産後に訪れた心境の変化

――2007年に第2子が生まれた後もストレスは続いていたのですか。

相川 そうですね。でも、彼が生まれて成長していくなかで、ミュージシャンとしてのターニングポイントを迎えたんです。

 次男は、小さい頃から私の音楽が好きで、自分がやってきた仕事を肯定してくれる一番のファンになってくれました。応援してくれる小さなファンができたことで、もう1回、音楽に真剣に向き合いたいと思いましたし、等身大の自分の思いを音楽に乗せていけば良いと思えたんです。

――子どもによって、ご自身の音楽が救われたのですね。

相川 彼はドラムが好きで、成長するにつれて私の後ろでドラムを叩くようにもなりました。私自身も、それによって音楽への情熱がグッと蘇りましたね。30代から40代にかけて、ようやく自分を肯定してアップデートできたんです。

3人の子どもたちと「友達っぽい感じの関係性」を築くワケ

――相川さんは現在、大学生の長男・高校生の次男・小学生の長女と3人のお子さんに恵まれましたが、子育てをするうえで大事にしていることはありますか。

相川 子どもたちとは、なんでもしゃべれるような関係性でいたいなと思っていて、それはすごく大事にしています。おかげさまで3人とも、自分のことをよくしゃべってくれています。私は母親ですけど、友達っぽい感じの関係性ですね。

――そういう関係性でいたいと思ったのは、何か理由があるのですか。

相川 それはたぶん、子ども時代に、私自身が親にそうして欲しかったからだと思います。私が子どもの頃、親に話を聞いてほしいなって思っていたのですが、それは難しかった。だから私が親になった時、子どもが寂しくならないように、なんでも話ができる関係を作りたかった。

2024.03.29(金)
文=佐藤 俊