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家族による支配から逃げるのも“抗う”ことである

 さて、最後にまったく趣向の異なるもう一本の映画を紹介したい。1980年代に人気を博した実在のプロレスラー一家フォン・エリック家の人々をモデルにした、ショーン・ダーキン監督の『アイアンクロー』。ここで大きな力として君臨するのは、巨大な組織や政府ではなく、一家の父であるフリッツ・フォン・エリック。悪役レスラーとして苦労しながら家族を養ってきたフリッツは、子供たちを自分と同じプロレスの道で成功させようとする。だがその父の強い思いが、子供たちを追い詰め、やがて悲劇に至る。

 家族を支配するのは、父という権力だけではない。ここにあるのは、男たるもの誰よりも強くなければいけない、経済的な成功と社会的な名誉を手に入れなければ一人前ではない、という、いわば「力」と「成功」の呪いとでもいうべきものだ。さらに「男らしさ」という呪縛が、彼らをがんじがらめにしていく。

 映画は、ザック・エフロンが演じる次男(長男は幼い頃に亡くなっている)のケビンを中心に、彼ら兄弟が一家を支配する呪縛とどう戦うのかを描く。強くなりたい、成功したい、父に認められたいと懸命に努力し疲弊していく兄弟の姿を見るのは、あまりにつらい。けれど彼らが悲劇の先に見つける答えを、しっかりと受け止めたい。大きな力に抗うには、必ずしも正面から戦うことだけが解決ではない、ときにはそこから逃げることも抵抗なのだと、この映画は教えてくれる。

映画『美と殺戮のすべて』

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国公開中
監督・製作:ローラ・ポイトラス『シチズンフォー スノーデンの暴露』
出演・写真&スライドショー・製作:ナン・ゴールディン
2022年/アメリカ/英語/121分/16:9/5.1ch/字幕翻訳:北村広子
原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED/R15+/配給:クロックワークス
© 2022 PARTICIPANT FILM, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
https://klockworx-v.com/atbatb/


映画『アイアンクロー』

2024年4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:ショーン・ダーキン
出演:ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソンほか
配給:キノフィルムズ
© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.
https://ironclaw.jp/

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Column

映画を見る、聞く、考える

映画ライターの月永理絵さんが、毎回ひとつのテーマを決めて新旧の映画をピックアップ。さまざまな作品を通して、わたしたちが生きる「いま」を見つめます。

2024.03.31(日)
文=月永理絵