「広島ガストロノミー」を牽引する唯一無二のフレンチ

 そしていよいよ、今回の旅の最大の目的、「広島ガストロノミー」を堪能できるフレンチレストラン「NAKADO-ナカド-」へ。

 広島市に2020年オープン、その後3年連続でフランス発祥の名門レストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」に掲載され、今や全国の食通たちから熱い注目を集める一軒です。

 オーナーシェフの中土征爾さんは北広島町出身。大阪の調理師学校などを経て東京の料亭の料理人となりますが、やがてワインの素晴らしさに目覚め、西洋料理の道へ。フランス・ブルゴーニュの1ツ星レストランで修業を積み、ソムリエの資格も取得したのちに帰郷。念願のフレンチレストランを開業しました。

 使用する食材は、そのほとんどが北広島町をはじめとした広島県産。

 さらに、これまでは目を向けられてこなかった食材にもスポットを当て、モダンガストロノミーの技法を駆使する独創性あふれる調理で唯一無二の料理に仕立てる。

 それが、中土シェフにしか生み出せない広島フレンチの真骨頂です。

 ランチ、ディナーとも、メニューは2カ月程度で内容が変わる1コースのみ。そのなかで定番となっているのが〈旬の野菜プレート やまのまんなかだのマイクロベビーリーフのサラダを添えて〉。

 北広島町の「やまのまんなかだ」のリーフやエディブルフラワーが使われており、そのカラフルさに気持ちも華やぐ一皿です。

 季節の野菜がそれぞれ絶妙な歯応えに調理されており、その数40種類ほど。多い時には70種近くを盛り付けることもあるそうです。

 サラダに添えられているのは泡状のヴィネグレットソースとパウダー状のオリーブオイル。さらに、土に見立てた黒オリーブのパウダーを散らすことで、繊細な味わいのなかに大地の豊かさをイメージさせる力強さも表現されています。

 広島県だけで生産されているプレミアムなブランド牡蠣「かき小町」は、軽く粉をまぶして半生状態のフリットに。ピスタチオと香草のソースのほか、キャビアライム(フィンガーライム)の小さな粒を散らしています。

 「レモンなどの柑橘類を全体に搾ってしまうと酸味ばかりが立ってしまいます。そこでキャビアライムを使うと、その粒が口の中で弾けたときに牡蠣の香ばしさとひとつになって、うっすらとカキフライのような味わいが生まれてくるのです」と中土シェフ。“口中調味” を意識した手法は、日本料理の経験があるからこそかもしれません。

 また、存在感あふれるプレートは、牡蠣の養殖いかだをイメージしているそう。

「食材の背景にあるものまで彷彿とさせるような器を使いたい」と、時間を見つけてはショップやギャラリーを巡り、ときには作家の工房まで足を運んでオーダー。その美意識もまた、ゲストを惹きつける理由なのです。

 思いがけないインスピレーションから生まれるメニューもあります。

 たとえば、スペシャリテ〈瀬戸内のイカとトリュフ〉。

 なんとイカそうめんから着想したというこの一皿は、軽く火を入れて「三良坂フロマージュ」のリコッタチーズと白ワインソース、さらにトリュフのピューレなどを絡めた細切りのイカに、卵黄ソースとスライスしたトリュフを合わせています。

 口に運ぶと、カルボナーラに似た味わいながら、それを超える複雑で濃厚な香りが鼻へと抜け、思わずワイングラスに手を伸ばしたくなります。

 一方、レアに仕上げられたイカの食感は確かにイカそうめんを思わせ、シェフのユーモアに笑みがこぼれます。

 さらに「NAKADO」のシグネチャーといえば〈安芸高田産の鹿舌 ジュドシブルイユと実山椒のソース〉。

 鹿肉は県内のフレンチレストランでもよく使用されていますが、好まれるのはフィレやロースといった部位で、タンはこれまで廃棄されていたといいます。

 安芸高田市のジビエセンターに足を運び、初めて鹿のタンに出会ったという中土シェフは「こんな食材が広島に眠っていたとは!」と思わず大興奮。この逸品が誕生しました。

「鹿の舌はとてもおいしいのですが、細くて下処理するのに手間がかかるうえ、1本で一人前ほどにしかなりません。しかし、これまで捨てていたものが少しでも利益を生むとなれば、ジビエセンターの人たちにとってもメリットになります」

 料理人は、食材がなければ料理人たりえない、と語るシェフ。

「生産者さんのおかげで僕は料理人でいられるのですから、彼らに少しでも恩返しができれば、といつも思っています」

 そんな中土シェフですが、実のところ人前に出るのが得意ではなく、「以前は顔出し取材もお断りしていたくらいなんですよ」と笑います。

「でも、広島にはまだまだ知られていない素晴らしい食材があり、素晴らしい生産者がいるということ。そして、その食材を使ったほかにはない料理があるということ。それらをより多くの人たちに伝えたい。そのためには、誰かが顔になって表に立つほうがいいと考えて、広島の飲食業界の発展のためにも広島ガストロノミーを発信しています」

 最後に力強くそう語った中土シェフ。故郷・広島への愛、生産者への愛、食材への愛。そしてゲストへの愛にあふれるシェフの料理が、これからも「広島ガストロノミー」を牽引していくに違いありません。

広島の魅力を気軽に楽しめる「ひろしまブランドショップTAU」

 熱い思いを秘めた生産者と料理人がひとつになり、新たな食の魅力を生み出している広島。

 そんな “おいしい広島” を気軽に楽しめるのが、東京・銀座にある「ひろしまブランドショップTAU」。広島の多彩な名産品や逸品を購入できるほか、地元食材を使用したグルメを味わえるレストラン、広島の魅力を発信するイベントスペースなども揃っています。

 とくに1階の食品売り場には、今回ご紹介した「三良坂フロマージュ」のナチュラルチーズをはじめ、約1500もの県産食品が並び、あれこれ目移りするほど。広島の食の魅力に出会える楽しいスポットとなっています。

【広島ガストロノミーツアーの情報はこちらに】

「おいしい!広島」プロジェクト特設サイト

【ご紹介した生産者さん・お店の情報】

やまのまんなかだ
https://yamano-mannakada.com/

せとうち古民家ステイズ 長者屋
https://cominca-stays.jp/

三良坂フロマージュ
https://m-fromage.com/

NAKADO-ナカド-
https://omakase.in/r/jj882481

ひろしまブランドショップTAU
https://www.tau-hiroshima.jp/

2024.03.21(木)
文=張替裕子
写真=平松唯加子