ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部渡さんのカルチャーエッセイ連載第8回。今回は母校からオファーをもらい、高校時代に立ったステージで再びライヴをすることになったお話です。

 中学・高校の頃、音楽祭という行事があった。体育祭が大嫌いで、「学園祭だって結局体育会系のものじゃん」と捻くれていた私だったが、音楽祭は行事嫌いだった私からしてもそれほど嫌なものではなかった。毎年池袋の東京芸術劇場を借りて、我々の頃だと中学1年生は「ボレロ」をリコーダーで吹いて、高校1年生は合唱コンクールに勤しむ、それに加えて部活での発表があったり、といった具合だ。早い時間に現地解散で終わる行事だったので、池袋の街にそのまま放り出される感じも好きだった。

 その音楽祭で高校3年生の時に個人演奏の部門でギターの弾き語りをしたことがある。まだその頃は自作曲に自信もなくて、フィッシュマンズの「いかれたbaby」(プログラムに掲載する際に「いかれた」はよくない、という話になり、『MELODY』のカップリングにあやかって「Wedding Baby」に改題した)を歌った。そしてアンコールをいただいてパラダイス・ガラージの「I Love You」を歌ったのだった。恋人なんていたことないのに! ラヴソングを! 2曲も歌ったのだ!「いかれたbaby」を歌っているときに下級生からおちょくるような合いの手が入り、のちに一部から「ベイベー先輩」と陰で呼ばれていたことを除けば楽しい思い出になっている。

 そして18年の時を経て、母校からオファーをいただいてまた再び東京芸術劇場のステージに立つことになった。あまり感じたことのない緊張を抱えて会場に入る。楽屋でマネージャーA氏から「サンプルが届きました」と手渡されたのははっぴいえんどの再発CDだった。中学・高校の頃に夢中になって聴いたはっぴいえんどのブックレットに短い文章を寄稿したのだ。その前日、高校生の頃に夢中になって聴いたパラダイス・ガラージの豊田道倫さんとのライヴがあったことも加点され、いま、あらゆる点が線になる瞬間のその只中にいるんだな、と嬉しくなった。点を打ってきたという自覚はあまりなかったが、繋げてみると確かな嬉しさがある。これが年齢を重ねるということなのだろうか。

2024.03.01(金)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ