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 京都市内にある「中國菜 大鵬」2代目・渡辺幸樹さんが、突如移住。“田舎”で農業中心の生活をしながら、自然とともに生きる知恵を力に、里山の幸、保存食や発酵食、自家製調味料を駆使して生み出す原点回帰の料理は、どこにもない力強さと驚きに満ち満ちている。


未知なる味との遭遇。自然と一体のワイルドな味

 生憎の雨模様。京都の街中を出たときは曇り空だったのに、途中から、だんだん雨が激しくなってきた。晴れ女のプライドはズタズタである。車で北上すること約2時間、綾部の山中に着く。きっと、周囲には美しい里山が広がっているんだろうな。見えないけど。

 出迎えてくれた「田舎の大鵬」の主・渡辺幸樹さんが、小降りになったのを見はからって周辺を案内してくれる。「雨で残念」と言うと、「雨が降ってくれないと米が育たない」と。確かに。都会の常識はここでは通用しないのだ。反省。頭を切り替え、この豊かな自然の中に没入しよう。

 まずは山羊のユイちゃんにご挨拶。馬のビクトリアにもハロー! だ。畑では夏野菜が真っ盛り。パクチーやミント、にんにくや山椒も元気がほとばしっている。今夜のごはんに期待が膨らむ。

 豚小屋には母豚とくりんと巻いた尻尾がキュートな仔豚が2匹。鶏舎では、純国産鶏のもみじたちがにぎやかに食事中。ここは動物たち(人間も!?)のワンダーランドでもある。

 幸樹さんは京都の人気中華料理店「中國菜 大鵬」の2代目。それがまたなぜ?

「5年くらい前から田舎に住みたいとは思っていたんです。おつき合いのあった、ここ蓮ヶ峯農場を産地訪問したら、めちゃくちゃ面白かった。以前に訪ねた四川の田舎の村とも似てたし。農場長の峰地幹介さんの『鶏を生きものらしく鶏らしく育てる』という、小さな命を大切にする養鶏の考え方はもちろんのこと、田舎で生き抜いていく力強さに感動したんです」

 そして、農場長のそばでその精神を学ぶべく、この地に移り住んだのだ。

 食が命を繋ぐものなら、その現場に近いところで料理を作りたい。畑を耕し、米を育て、魚を釣り、動物たちとともに暮らす。料理することで出る生ゴミは飼料となり、畑の栄養となる。

「土中の環境をもっと整備して、微生物たちにも元気に働いてもらいたいと思っています」

 土と暮らすことは人の営みの原点だ。それが、自分自身の人間力の源にもなっている。

 看板だけで店構えはないが「田舎の大鵬」は、農と料理が直結する、ありそうでなかった店(といっても、テーブルと椅子があるだけ)だ。畑を持つレストランは多いが、ここまでワイルドな店は見たことがない。雪や雨に備えて、一応、天井はあるものの、サイドが開いているので、降りが激しくなると容赦なく雨粒がしぶいてくる。それもまた、自然の営みのひとつだと、ここでは誰もが納得し、楽しめる。

 夕刻。そろそろ食事が始まるなと思いきや、全員水道の前に集合。水は山からの湧き水である。ここで鶏を絞めるという。

 2年ほど卵を生み続けてくれたもみじの1羽が、スタッフの手で手際よくさばかれていく。その手元を見ながら、幸樹さんが解説してくれるのだが、誰もひと言も発さず、厳かな気持ちで見守る。何気なく食べている鶏肉が、実は命をいただいていたのだということを強烈に再認識。絞めた鶏は腹に玉ねぎと生姜を詰めて塩釜焼きにしたり、スープにしたり。

2023.09.23(土)
文=渡辺 P 紀子
写真=ハリー中西

CREA 2023年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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