垣根 共依存のところがありますね。たぶん弟が死ぬ瞬間って、足利家の危機なんですよ。尊氏にとっては足利家の危機はどうでもよくて、弟に死なれたくないから行動するんですが、それが結果として足利家を救うという。

「シンプルに片側だけ書けばいい」

――しかし混沌としたこの時代をここまで分かりやすく書くのは大変だったのでは。

垣根 大変といえば大変だったんですけれど。全部書こうとするから分かりにくくなるのであって、シンプルに片側だけ書けばいい、というのが発想としてありました。なので、今回は足利家側の視点だけで書いています。

 工夫としては、内部の同僚同士が相手をどう見ているかを書くこと。たとえば、師直が見た直義って明らかにやりすぎている。だって、そもそも直義が護良親王を殺して後醍醐天皇を大激怒させたんだし。

 一方の直義は、師直が武士の肩ばかり持っているのを見て「お前、それ後世までたたられるよ」と言ったりする。足利家側からしか物語を照射していないんですけれども、内部の人間同士で批判することによって、逆側の立場からの見方も分かるようにしました。

――作者が途中で顔を出して、補足説明や解釈を語る部分もありますよね。

垣根 できればあの方法は使いたくないんですけれど、今回は思い切りやりました。師直と直義の視点でだいたい網羅できるんですけれど、本当にギリギリのところで神の視点を使わないと説明できないところが数か所あったんです。

 冒頭で〈湘南、などというバタ臭い地名が出来る七百年も前から……〉と書いているのは、「今回はこういう書き方をするよ」という予告です。僕が顔を出す分、小説の完成度が落ちるとは思いましたが、完成度を落としてでも伝えたいことを優先しました。今回は許してね、という感じ。

 

――そういえば『光秀の定理』でもいきなりエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』とかが出てきましたよね。

垣根 あれはギャグです。僕が歴史小説で書いているのは、結局自由をうまく使えない人は自由を持て余して自由から逃げちゃうんだよ、ということなので。それはいつの時代でもそうだと思います。自由ってどうしても持ち余りがする。

2023.08.01(火)
文=瀧井朝世