連載の媒体が変わるなど、幾度かの中断を経て完成した恩田 陸さんの新刊『鈍色幻視行』。なんと『鈍色幻視行』内で“呪われた小説”として登場する作中作も書き上げ、2カ月連続で刊行されることに。

 これまでにも恩田さんは、幻の本を題材にしたロードノベル的連作集『三月は深き紅の淵を』や、脚本家の謎の死を軸にしてフィクションと現実とが入れ子構造で入り組んでいく『中庭の出来事』など、作中作を取り入れた作品を手がけてきた。そして、今回は、作中作『夜果つるところ』を一冊の作品として出版。前代未聞の試みとなるこの超大作にかけた思いを伺う。


会話劇のミステリーの中に光る、作者の創作論

「最初は単に、船旅が舞台の物語を書きたいという他愛ない動機でした。豪華客船と言えば一種のクローズドサークルですから、会話劇を中心にしたアガサ・クリスティ風のミステリーがいいかなと思っていました」

 ただ、遡るとそれ以前のきっかけがあったのを思い出した、と恩田さん。

「辻中 剛さんという作家の『遊郭の少年』という小説がありまして、それは遊郭で生まれた少年の話なんです。帯の『今村昌平が映画化しようとして断念した』という言葉に惹かれました。もうだいぶ昔のことで、映画化を断念したのが本当かどうかも知りません。ただ、ものすごく印象に残ったんですよね。その『遊郭の少年』のオマージュのような感じで『夜果つるところ』を、映画化を断念したというエピソードを活かす形で『鈍色幻視行』を書きました。作中でも触れましたが、それこそ『ドン・キホーテ』の映像化は挫折するというジンクスがあるそうで、そういう逸話を題材として入れるのは面白いなと考えました」

 『鈍色幻視行』は、謎の作家・飯合梓の死、さらにその代表作『夜果つるところ』の映像化をめぐり、関係者たちがクルーズ旅行に参加して語り合い、真相へ近づこうとする群像劇だ。

「連載は、もうちょっとミステリー的要素も回収するつもりで始めたんです。ただ書いていく途中でどうもそれは自分が書きたいことの本筋ではないなと気がついたというか。謎を解決するよりは、思考の過程そのもの、あるいはものを作る人が何を考えているのかということに焦点が移ってしまった。後半を関係者のインタビュー形式にしようと決めたときには大きく方向性が変わり、私自身の創作論的な興味の部分が濃くなっていきました」

2023.06.18(日)
文=三浦天紗子
撮影=平松市聖