それでマンガの棚を片付けていたら、ジュニアさんに突然、「好きな漫画家を三人言え」と言われた。もしかして試されてる? とすごい考えた末に、「手塚治虫」と答えたら、「アカン、手塚先生は抜きや」。一体何のルールや、と冷や汗かきながら三人答えたら、後でジュニアさんが飯を食べに連れて行ってくれたんです。

 だから、ここで奨励会のみなさんが味わった、よくわからない労働の後に先輩に奢ってもらう上カルビとレモンサワーのうまさが、僕にはよくわかります。

 逆に、奢ろうと思っていたよりもたくさんの予期せぬ後輩が来てしまった、という経験もあります。が、三十人分の焼肉を二人で割り勘という先崎先生のような事態に陥ったことはさすがに一度もありません。これは想像しただけでも震え上がりますね。

 この本を読んで僕が思い出したのは、大阪の「たこしげ」という居酒屋です。芸人が集まる店ですが、僕らも若いころほぼ毎日、ひとしきりお笑いの話をしながら朝まで飲みました。「たこしげ」は、売れる前の若い芸人がどれだけ食べて飲んでも、「お会計して下さい」というと、マスターが「せんえーん」という店なんです。

 ある時、ダウンタウンの松本さんがこの店に現れて、「マスター、いつも若手を食わしてくれてありがとう。俺が今まで芸人が世話になった分全部払うから、いくらか言うてくれ」と。ところが、松本さんに話しかけられたマスターは緊張してしまって、「い、い、いちまんえーん」と答えてしまった。芸人が十年間飲んだ総額が一万円は安すぎますよ。

 良いことがあればここで祝勝会をしたし、みんなで大暴れして飲んだこともあります。よく店の外に出てプロレスをしてたんですよ。ある時、プロレスを喧嘩と間違われて通報されて警察が来たことがあって、説明して帰ってもらったんですけど、それから数か月後のことです。

 テレビをつけたら、警察の密着ドキュメンタリー番組が放送されていて、「大阪のミナミで若者が暴れている」。すると、モザイクのかかった「たこしげ」が映り、ヘンな高い声に変えられた芸人たちが、「僕ら、プロレスしてるだけです、身内なんですよー」。

2023.03.28(火)
文=高橋 茂雄(サバンナ・お笑い芸人)