【今月のこの1枚】
ジュリアン・オピー『Running 1』
『ジュリアン・オピー』展より
ジュリアン・オピーの作品が
「私」の条件を指し示す
その人らしさや個性と呼ばれるものって、私たちはどこで感じ取っているんでしょう。はっきりとした「しるし」を誰しも持っていると信じたいところですが、じつは意外なほど少しの要素や些細な差異で、それを判別しているのかもしれない。ジュリアン・オピーの作品を観るとそんな気がしてきます。
英国生まれのオピーは1980年代から各所で作品を発表し始めて、以来、現代アートの最前線に立ち続けてきました。最初に広く知られるようになった作品は、肖像画です。
ただし彼の絵は、昔の名画のようにモデルのことを細部まで描き込むようなものとは異なります。髪型と輪郭が黒々とした線で描かれたかと思うと、あとは眉と口のラインが引かれ、眼と鼻の穴が黒点で示されるくらい。ごく単純な点と線のみで、人の顔を表してしまうのです。
これぞ「省略の美」の極致と称したくなりますが、アーティスト本人いわくそれはちょっと違うとのこと。引き算というよりはむしろ、何もないところから最小限の要素だけでその人らしさを表すにはどうすればいいか。つまりは最もシンプルな足し算で、絵を成立させんと試みているといいます。
オピーの描く肖像画は、おそらくモデルにたいへん似ていることでしょう。となると私たちの個性なんて、「それは内面から滲み出るもの……」云々といった御託ではなくて、髪型のシルエットだったり、眉や口のちょっとした傾き具合で決めつけているだけのものかもしれません。
私とあなたを画するものは何か。個人ってどういう存在なんだろう。改めて深く考えさせられます。
その後オピーは、全身像を描くようになったり、LEDなどを用いて動く平面作品をつくったりと、表現の幅を広げていきます。このたび東京オペラシティアートギャラリーで開かれる大規模個展に出品される《Running 1》は、「走る人物」の姿を、LEDによる動きを伴ったかたちで表現しています。
横向きで捉えられる人物像はいっそうシンプルさを増し、すでに目鼻口はまったく描かれていません。ただ真ん丸なだけ。それなのにどの人物像も「いるいる、こういう人!」と思えるのはどうしたことでしょう。
ジュリアン・オピーはきっと、長年の探究から摑んだのですよ。私が私で、あなたがあなたであるのに必要な、最小限の要件みたいなものを。それを感じ取りに、ぜひ会場へ赴いてみましょう。
『ジュリアン・オピー』展
現代英国を代表するアーティスト、ジュリアン・オピーの大規模個展。最新のテクノロジーを用いつつ、最小限の点と線のみで描き出される表現に驚嘆すること請け合い。
会場 東京オペラシティ アートギャラリー(東京・初台)
会期 開催中~2019年9月23日(月)
料金 一般 1,200円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.operacity.jp/ag/
2019.07.23(火)
文=山内宏泰