【今月のこの1枚】
クリムト
『アッター湖畔のカンマー城III』

『クリムト展 ウィーンと日本 1900』
より

クリムトの風景画から
官能と生の歓びが立ち上る!

 カラフルかつ濃やかな筆致で埋め尽くされた画面から、まるで妙なる音楽か、抑揚の効いた詩の朗読でも聴こえてくるような気配がしませんか?

 これが19世紀末から20世紀初頭のウィーンで名を馳せた、かのグスタフ・クリムトの作品といわれれば、意想外と思う向きもあることでしょう。

 そうクリムトといえば、人物とりわけ女性の姿をモチーフに、匂い立つほど官能的な作品を描いた画家として知られます。掲出の風景画は一見、人が抱く彼のイメージとかなり異なります。

 ですがじつのところ、クリムトには穏やかな風景を描いた作品が、相当数あるのです。その多くは、毎夏を過ごしたアッター湖畔で描かれたものでした。

 文化爛熟期の古都ウィーンで、若手芸術家を束ねて「分離派」なる芸術運動を立ち上げ、先導していたのがクリムトです。いま観ても挑発的な作風なのですから、百年以上前の古都では、社会や権威筋とのあつれきが絶えなかったのは当然です。

 クリムトにとって、避暑地での静かな暮らしは、喧騒を離れ自分自身を保つためにもぜひ必要なものだったことでしょう。彼は早起きして森や湖へ出向き、本を読み、そして絵を描く規則正しい日々を送りました。そうした生活が、静謐でありながらも生の歓びを歌い上げるような躍動感を含む風景画を生む素になったのはまちがいなさそうです。

 そんな背景を踏まえ、いまいちど湖畔の風景を虚心に眺めれば、それでもやはりクリムトらしさは滲み出ているなと感じられます。

 それはひとつには、対象へ注ぐまなざしの角度です。クリムトの人物像の多くは、真正面の位置から相手を捉えています。絵の前に立った観者と作中人物は正対することとなり、視線はまともに交錯し、緩めた口元もはっきり覗けてしまいます。向こうは視線を外しませんから、こちらが根負けしてちょっと目をそらしたりする羽目になる。

 正面から描かれているのに、盗み見るような感覚がある。それでクリムトの人物像は官能的な風情なのですが、風景画でも対象を正面から描く手法は変わりません。観ている自分が風景の中へすっぽり嵌まり、溶け合っていくような気分になるのはそれゆえでしょう。

 人物画風景画とも一級品が集まる今展で、クリムトの精神にぐっと近づいてみることといたしましょう。

『クリムト展 ウィーンと日本 1900』

1900年前後のウィーンで支配的な立場を築き、後世の美術にも多大な影響を与えたクリムトの大展覧会。生涯のさまざまな時期の油彩画25点以上が会場に集結。ウィーンの分離派会館を飾る壁画の再現展示もあり。

会場 東京都美術館(東京・上野)
会期 開催中~2019年7月10日
料金 一般 1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
https://klimt2019.jp/

2019.05.29(水)
文=山内宏泰

CREA 2019年6月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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