BOOKS INTERVIEW 本の本音

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蚕と男と運命にからめとられた女の物語
谷崎由依の『囚われの島』

正しくありたいのに、そうできない人間のジレンマ

今月のオススメ本
『囚われの島』 谷崎由依

もう何年も、島から出たことがない〈ぼく〉は舟を待っている。舟は一度も島に着いたことがないけれど、舟が着いたら自分は殺されてしまうだろう。そんな夢の語りが、由良と徳田というひと組の男女を結び合わせ……。そこにつながる過去と、そこから紡がれる未来を描き、はかない女性の力強い生き方に光を当てた幻想的な長篇。
谷崎由依 河出書房新社 1,600円

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 創作は、ある日、谷崎由依さんに降りてきた“夢”のイメージから始まった。『囚われの島』の冒頭の、幻想的で不穏な光景がそれだ。

 バーで出会った盲目の調律師、徳田俊に、強く惹かれた新聞記者の静元由良。ふたりとも、島に着かずに漂う小舟の夢を繰り返し見ること、幼いときに親に置いていかれた体験があること……呼応する記憶を介して、由良は徳田の孤独に感応する。やがて彼が部屋で育てている変わった蚕に興味を覚え、彼の故郷と思しき蚕の村の歴史を調べ始めるが……。

「実は何年も前から、日本の近代化を支えた養蚕について書きたいと構想していました。ただ、そのときにはどんな物語にするか、あまりにも茫漠としていたのですが、『さかなの娘』という中篇の取材で福井の若狭周辺に行ったときに見た風景が、強く印象に残っていて。偶然、由良川ともつながった。夢と土地と養蚕の村というイメージが有機的に結びついたら、長い物語ができそうな手応えがあったんです」

 由良のパートから、〈まゆう〉へと語りが変わった第2部では、時代を遡り、養蚕によって潤い、のちに落ちぶれた村の悲劇が描かれる。そこには、ふたりの〈すずちゃん〉の運命も大きく関わっていく。

「蚕って、大事に育てられても、大人になる前に殺されてしまう。不思議な生き物だと思います。それは、男性優位社会において養蚕の実際の担い手は女性と子どもだったことや、大多数の都合のためならば犠牲を強いる空気など、社会のねじれにも通じる気がします。ただ、小説の中でポリティカルコレクトネス的に、正義を振りかざしたいとは思いません。正しくありたいのに、そうできない人間のジレンマを書いていきたい」

 第3部では物語は再び現代に戻り、由良の同僚だった杉原や、由良自身によって由良のその後が描かれる。ここに来て読者はいよいよ、いくつものモチーフが、縒り合わされた絹糸のように分かち合いがたいものだったことを強く感じるはずだ。

「土着的な世界と現代社会とを往還するうちに、何かが裏返っていくさまに興味があります。たとえば強さと弱さ。目が見えないのは弱者に思えますが、見えることによって感覚的に貧しい部分もあるに違いない。由良や徳田や〈すずちゃん〉たちは、犠牲になったように見えても、運命を受け入れて己の人生を生ききったという意味では、究極に強いともいえます。そんな価値の反転がうまくできていたらうれしいですね」

(C)Kikuko Usuyama

谷崎由依(たにざき ゆい)
1978年生まれ。小説家。翻訳家。2007年「舞い落ちる村」で文學界新人賞を受賞しデビュー。著書に『舞い落ちる村』(文藝春秋)ほか、訳書多数。

<この記事の掲載号>

CREA 2017年9月号

100人の、人生を豊かにする1冊、1曲、1杯
本と音楽とコーヒー。

定価780円

2017.09.02(土)

文=三浦天紗子

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